2009年3月18日
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「岩井宏さんとバンジョー」
 
(Fe/1954年生/愛知)


私が、初めてバンジョーなる楽器を知ったのは、今から40年位前、岐阜市のM小学校の木造の講堂でした。

その日、高田渡さんが岐阜のお生まれとゆうこともあって、そのM小学校で非常に安い入場料で2人によるライブがあると、おりからのフォークブームの中、ギターのFコードを押さえるのに悪戦苦闘していた同級生に、無理やり付き合わされて会場のぼろぼろの講堂にいやいや行きました。

関係者も含めて20人位しか人はいなかったと記憶しております。高田渡さんは存じておりましたが、もう一人、岩井宏とゆう小柄で細くて笑顔がやさしそうな人が渡さんの横に立っていらっしゃいました。

みた事のないまーるい形の楽器を肩からつるして。あれって何だろ?
2人がビンビンチューニングしているのかな?と思ったら、いきなりライブがはじまり、至近距離からの渡さんのギターのテクニックにびっくり、うまい、しぶい。でも私の心を奪ってしまったのはみた事のないまーるい形の楽器とそれを魔法の様に操り奏でる岩井宏さんでした。なんとも言えない渋い音色が、笑顔と共にポンポコテコテコ、どうやって弾いているのかさっぱりわからないのですが、私にはとってもかっこよく見えたのです。

私にはとっても時間が短く感じられた田舎でのライブのあと、ずうずうしくも私は「それ、さわっていいですか」と岩井宏さんにいうと、「かまへんよ、バンジョーいうねん、あんたもやりおもろいよ」とソフトな関西弁のおやさしいお言葉、バンジョーがえらく長いのと、星のマークがヘッドにあったのが印象的でした。

これが私と岩井宏さんとオープンバックバンジョーとの出会いです。その後岩井宏さんが交通事故で亡くなられるとゆう別れがあり高田渡さんもなくなられました。

「かまへんよ、バンジョーいうねん、あんたもやりおもろいよ」って岩井宏さんにいわれたとおり、私はあの日から今もオープンバックバンジョーをおもろく弾いてます。




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