2011年10月2日
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「国語の先生に感謝」
 
(けんちゃん/1956年生/千葉)


 多くの方は、学生(あるいは高校生)時代が過ぎて会社人になったころから最近また手にするまでの間、それまでかき鳴らしていたギターを物入れに押し込んだままの人生を送ってこられたのではないかと思います。
  
 ところが、自分の場合は逆に全くギターをこれまで置くことがありませんでした。
 転勤族でしたが、着任する先々において、幸運なことに時にはバンド活動も含めギターと唄を披露する仲間と場、そしてそれを聴いてくれる方々に恵まれました。

 おかげで、自分だけではなく社内全体が盛り上がる、そんな時間がともに働く人たちと共有できたことが嬉しく思いますし、そして何より、ありがたいことに退職した今もなおその多くの方々とお付き合いを続けることができているのが幸せです。

 ギターは、中学2年生の時の授業で普段は生徒と目を合わさない国語の先生が珍しく自分たちに向かって「何かひとつ自分に特徴を持つと、これからの人生においてとてもプラスになるぞ」と言ってくれたことがきっかけで、その頃流行りだしたフォークソングを唄って目立とうと思い(決っして「モテたい」ではなく・・・)、友達と仲間ぐるみで手にしました。
 
 以来、40年間ずっと弾きっぱなしです。
 ギターに感謝です。
 国語の先生(牛乳瓶の底のようなメガネをかけて、必死に黒板と教科書に向かって泡を沫ばしながらしゃべる大西先生)に感謝です。

 ただこれまではどうしても「人前で歌いたい」という思いだけが強く、特にギターの技術は二の次でした。
 これからは、「オヤ応」での実践を含め練習に励み、しっとりと、そして時に強く、聴かせられる技術を習得していきたいと思っています。
 そして、新たなお仲間とも長いお付き合いをと願っております。

 皆様、どうぞよろしくお願いいたします。



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