無題
森脇弘光
  

1921(大正10)年創業、1951(昭和26)年4月設立、資本金1億5750万円、従業員300名、売上金382億円(2002年1月期)の会社がこの7月30日をもって解散することになった。一抹の寂しさがある。

この会社は、私が22歳から28歳までお世話になった会社である。
所謂、家業を継ぐべく丁稚に行った会社である。その会社が解散する事となった。300名の人間が失職する。その中には勿論、私が在籍中にお世話になった先輩や同僚もいる。彼らは当然のことながら“戦うおやじ世代45歳から55歳”である。
この夏は、彼らにとってこれまで経験した事のない長く暑い戦いの毎日となるだろう。

一昨年まで382億円の売上を上げていた会社が、僅か一年余の時間の経過の中でいったい何が起こったのか。・・・

<F株式会社は、来る10月1日に設立する新販売会社『FI株式会社』に製品の国内営業機能を一元化していくため、関連大手4特約店であるA商会、株式会社K、M株式会社、O株式会社と、F社グループ製品の営業を譲り受ける協議を進めてまいります。尚、O株式会社とは、7月30日をもって営業を譲り受けることで本日合意に達したため、今後更に詳細の協議を行ってまいります。>

という事のようである。論評は敢えて避けます。

昨日、私が在籍中にお世話になったN先輩に電話を入れた。
彼は現在、名古屋支店の支店長である。

「おお!お前か!情報が入って、かけてきてくれたんか?おーきに、おーきに」と意外に明るい声に安心した。

「おう!そんなもんな下向いて、うつむいとったってしゃあないやろ。俺なあ社員にこない言うてんねん、事ここに及んで暗なったらあかん。有終の美をかざらなあかん。男の値打ちはこの一ヶ月で決まるんや!こんなんなったからいうて変に有給使たり、変に動く事は止めよ。この一ヶ月精一杯やって、営業を譲り受けてくれる会社に迷惑かけんように、やらんなんことを全部やって終わろ。それができたらみんなの命の根はより太うなる。」

このN先輩は、在籍中セールス一年生で売上もつくれず、回収もままならず、半ノロで瀕死の状態にあった私を気遣い、助けてくれた恩師である。
休みの日に自宅にまで呼んでくれて「君を見とると心配なんや・・・」と言ってくれた。商売のイロハのイから教わった。

また、 「O株式会社・社長(三代目で多分現在30代前半)には感謝しとる。断腸の思いやったやろ。なんとかしょう、なんとかしょうとズルズル引っ張って、気が付いた時には「時」既に遅し。莫大な借金だけを遺し“倒産”、社員は退職金もなにも貰えず路頭に迷う。たいがいこのパターンや。今回の彼の大英断には、ほんまに頭が下がる。自分の(同族)会社より社員のことを先ず第一に考えた決断やった。今回の解散は確かに不本意ではあるけど、社員は退職金も規程どおり受け取れる。次への人生のステップにそんなに大きなダメージは無い。あの若さで、ほんまによう決断してくれたと思う。」

この最後の下りは私も肝に銘じておきたい。

そして、 「N先輩、ほんまに正真正銘 微力やけど、俺に出来る事やったら何でもするさかい、なんでも言うてきてや。」

合掌

2004/07/01
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