『おまる』男の悲哀
 
瀬尾はやみ
  
世に言う「モテる男」「プレイボーイ」のイメージは、背が高くて/ ハンサムで/ お金があって/ 優しくて/ 痒いところに手が届く男というイメージです。

でも実は、そうともいえないのではないかと思います。確かに最初の四つは、「あればいい」程度の条件かも知れませんが、街で美女を引き連れている男の大半が、どことなくパッとしない感じの男たちというのも面白いではないですか。

昔からもてる男の条件として、次のような十項目があると落語「いもりの黒焼き」は言います。曰く、

いち(一)見え  に(二)男  さん(三)かね(金) し(四)げい(芸)
ご(五)せい(精)  ろく(六)おぼこ  しち(七)ゼリフ
や(八)ぢから(力)  きゅう(九)きも(肝)  と(十)評判

この条件は昔からその通りでしたが...。

私は高校時代から、男女を問わず身の上相談を受けることが度々ありました。しかしこれが困るんですな。

日頃から密かにあこがれていた女の子から、私の親友への思いを打ち明けられたときは、さすがにショックでした。彼女はきっと、親友への仲介を私に頼みたかったのでしょう。しかし私も男です。今こそ男気を発揮するときだと思い立って、一番「シラノ・ド・ベルジュラック」に徹したのであります。そして、立派に演じきりました。

その恋がハッピーエンドに終わったとき、無性に腹立たしく、自己嫌悪に身を捩ったものです。

昔からどうしたわけか、私は友人の間では「空気のような存在」らしく、口は堅いし気軽に打ち明け話ができる相手らしいのです。要するに「おまる」なんですな。

高校を卒業して大学生になっても、この「おまる」状態は変わりませんでした。2年生のとき、民研(アメリカ民謡研究会・つまりフォークソングクラブ)の11月コンパで、新入生のNMさんという女の子を下宿まで送っていくめぐり合わせになったことがありました。

兼ねてから私が思い焦がれていた子で、キタで催したコンパで遅くなってしまった女子部員を、男連中の誰が送っていくか、という話になったとき、彼女の方から「わたし、瀬尾さんがいい…」と言いました。 聞き違いではありません。本当に彼女はそう言ったのです。

極力平静を装いはしたものの、思いあわせぬ幸運に私の胸は喜びに溢れちびったと思し召せ。阪急の「千里山」という駅で降りて、殆ど真っ暗な道を通って彼女を送っていく道が、永遠に続いてほしいと願わずにはいられませんでした...。

当時の千里山は今のような繁華街とは違い、駅前のロータリーを過ぎると孟宗竹の林が広がり、家すら疎らで、雑草の生い茂った細い道が彼女のアパートまで続いている寂しい界隈でした。

するといきなりNMさんは、とんでもない行動に出たのであります。なんと歩きながら私の手をとり、もたれかかってくるではありませんか。彼女の髪の甘い香りが私の鼻腔をくすぐります。うぶな私の心臓は、早鐘のように高鳴り、息苦しいほどでした。そうしておいて、NMさんはこういう言葉を発したのです。「わたし、瀬尾さんとこうしているととっても安心できるの…」

私は立ち止まって、この愛しき乙女を抱きしめたい衝動をこらえるのが精一杯だったことは、言うまでもありません。常にリビドーをもてあまして、女と見れば声をかけずにはいられない「不純」な学生であった私も、いざとなると情けないことに、からっきし意気地がなくなるのでありました。

彼女のアパートはもう目の前でした。「これから彼女の部屋で…いったい何が…」という目眩く思いが一瞬、私の脳裏をよぎりました。 それだけで、私の口の中はカラカラ、心臓バクバク。「男らしく責任をとるぞ。この子を一生守っていくのは俺しかいない」などと、早くもそんな怪しからぬ妄想にふけっていました。

しかし次の瞬間、彼女の言った一言が、私に冷や水を浴びせかけ、有頂天から地獄へとたたき落としてくれたのであります。

「だって瀬尾さんって、安全パイだもんね」つまり麻雀の安全パイにかけて、「絶対にアタリにならない男」、言い換えれば「数のうちに入っていない男」という意味のことをNMさんはその可愛い口から平然と言ってのけたのでした。

あまりといえばあまりな仕打ち...。この言葉は、私の心を深くえぐるに十分でありました。それからどういう遣り取りがあったのかは、記憶に定かではありません。ただ「部屋でお茶でも飲んでいって」というNMさんの誘いを断って、そのまま逃げるように帰ったことを覚えています。

身も世もあらぬ恥ずかしさに、私はその場を一刻も早く離れたかったのです。帰宅してから改めて、じんわりと「堪らない惨めさ」が襲いかかってきました。絶妙のタイミングで浴びせかけられたこの言葉は、面と向かって「あなたなんか大嫌い」と言われるよりも、はるかに堪えたことは言うまでもありません。

打たれ強いはずの私もこのときばかりは打ちのめされ、その後長い間立ち直れませんでした。

これが私のトラウマになったことだけは確かです。げに美しき女性とは、恐ろしくもまた残酷な生き物です。それ以後、私が惚れた女性に対して、積極的に言い寄る勇気を永遠に喪失してしまったのは自然の成り行きでした。

ただ、この経験で私は自分がどのような存在かをはっきりとわきまえたのです。自分は決して二枚目なんかにはなれないのだということを。少々キツイやり方でしたけれど、身の程を思い知らせてくれた彼女に今では感謝しています。

しかし、こんな歳になってさえ、ありふれたNという苗字が呼ばれるのを聞いただけで、思わずそちらを振り向いてしまうのは、哀しい男のサガなのでしょうか。

 
2008/08/29
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