ニホンカモシカ 
 
日高の鳥さん
  

 カモシカはシカではなくウシやヤギと同じ仲間だ。正確にはウシ目ウシ科カモシカ属で、日本にはニホンカモシカという固有種がいる。1955年に特別天然記念物に指定されている。最近全国の山で問題となっているのは、カモシカではなくニホンジカ。長年保護した結果、逆に数が増えすぎて山に食害をもたらしているためで、山の手入れをしなくなったのに、シカが山を荒らすといって騒ぐのは笑止千万と言わざるをえない。
 初めてカモシカに逢ったのは15年前の八ヶ岳でのこと。残雪の県界尾根でランチタイムを楽しもうと、清里のスキー場から2時間ほど登ったところでバッタリ逢った。つづら折りの雪道を降りていると、角を曲がったところにカモシカが立っていた。陰になっていたので全く気がつかなかった。カモシカとの距離は5mほど。お互いにびっくりして飛び退いたが、カモシカは矢のように道など無視して飛んで逃げた。私はその場で尻餅をつき阿呆のように口を開けていた。何だかものすごく大きな生き物に見えた。
 その後、八ヶ岳では何度も逢う機会があり、南アルプス、奥秩父、奥多摩でも逢うことができた。彼らは広葉樹林が広がる深い森に棲み、冬眠しないので冬でも山を歩きまわる。
 野生動物との遭遇は山歩きの楽しみのひとつだが、たいていは相手がびっくりして逃げるか、こちらに気づくのが早く避けられてしまう。そういう点ではカモシカは優秀だ。なにせ彼らは逃げない。先のようにバッタリ逢った場合は別だが、こちらに気づいても逃げない。好奇心が強いからといわれるが、果たして本当か。視線を合わすこと3分などは珍しくない。かなり近づいても(5mくらい)逃げないことがあったと聞いたことがある。いつかテレビの映像で、人の手から物を食べた野生のカモシカを観たことがあったが、あれはやらせではないかとの疑いが晴れた。
 そのせいで、かつて狩猟の対象だったころは簡単に殺されたようだ。毛皮が重宝されたためで、肉も食べられたが、あまり美味しくないとのこと。そんな目でカモシカを見ると気の毒になるから不思議だ。子育て中を除くと単独でいることが多く、シカのように群れて飛びまわる臆病な生き物ではない。ゆったりとして、臆せず、相手を威嚇することもなく、そのマフラーをしたように美しい首周りの毛は、雄ライオンを彷彿とさせる。大きな個体は小牛くらいある。角がはえているので怖いと感じるが、目がヤギのようで可愛い。
 5月初めに奥秩父の甲武信岳へ登ったとき、登山道で死んだ子供のカモシカを見たことがある。痩せ細った痛々しい姿だった。カモシカは1年と少しで乳離れして単独行動するが、冬を越せずに死んでいく子供が半分だそうだ。それでも1回の出産で1頭しか生まない彼らのDNAには一体どう刻まれているのだろうか。寿命は平均5年だそうだが、単独で縄張りを持つ習性から、個体数は増えすぎないほうが種のためにはいいのだろう。
 人間はどうか。もう野生は本能の一部にしかない。しかしその本能もどうしたものか。多くの人間は生き物の頂点に立っていると思っている。その奢りにあきれ返るばかりだ。人間の都合で滅んでいくものがどれほどあるか。もっと自然に対して謙虚にならなければ。

 
2011/10/23
<<戻る