うなぎの試練 
 
日高の鳥さん
  

うなぎは恐竜時代の終わり頃にはすでにいて、人間よりはよほど古い生き物である。日本のうなぎはグアム島の南「西マリアナ海溝」という深海で生まれ、プランクトンの死骸などを食べながら成長してシラスウナギになり、フィリピンの東方沖で黒潮に乗り換えて日本に戻って来る。そして最後は日本あちこちの河川を遡って川魚となる。ずっと産卵場所が同定できなかったが、近年ようやく近くまで判ってきたという謎の多い魚でもある。

ところが、ここ数十年の間に稚魚のシラスウナギが激減し、ついにほとんど獲れないほどになったニュースは新しい。日本近海で稚魚を捕え、養殖うなぎとして供給するのが普通の流れだが、その稚魚が獲れないのだ。日本人は世界のうなぎの80%を食べているそうだ。またも乱獲かと騒がれそうだが、どうもそうではない。エルニーニョ現象などの地球規模の異常気象が原因と考えられ、シラスウナギの移動ルートが南下して、フィリピン東方沖で黒潮とはまったく逆の潮に乗ってしまい、日本にシラスウナギがやって来ないという。

一方で、何とか日本にたどり着いたうなぎの中には、河川にある堰が邪魔をして上流へ行けない例が後を断たない。日本には魚道が付けられている堰も多いが、実はうなぎのように泳ぎが得意でない魚は魚道を遡れない。一般的な魚道はアユ、マス、ヤマメなど急流に住む泳ぎが達者な魚向けにできている。また、護岸工事のためうなぎの棲家になる葦原などが少なくなったことも姿を見かけない大きな理由だ。うなぎにはいくつも試練が待っている。種のルーツへ回帰するがごとく「西マリアナ海溝」を目指す。もっと近くて安全なところで産卵すればよいものを、わざわざ試練を受けに帰っていく。しかも7,000万年もそれを繰り返している。このハイリスクをうなぎはなぜ避けようとしないのだろうか。まったく理解に苦しむ。

しかし、そもそも試練とかリスクとかは人間の見方であり、うなぎにとっては何てことないのだ。いずれ蒲焼にされて日本人に食われてしまう心配などする訳がない。うなぎはひたすら本能に従って生きているだけ。フィリピン沖で黒潮に乗れないは異常気象のせい。川を遡れないのと棲家が見つからないのは、結局は人間のせい。そして蒲焼にされて食われてしまうのは日本人のせい。しかし見方を変えれば、うなぎは蒲焼になることで日本人に感動を与え、敬意さえ払われてしまう。そして、うなぎが減ったという事実が、蒲焼が高嶺の花となってしまう事実が、私にとって新たな試練となるのだ。いつまで続くか不明なところが、また試練である。

   
2012/8/30
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