カメリアの花の下 《カメリアの花の下に眠る恋人達の物語》
味噌ッカツ
 
この物語は、19世紀半ばのオーストラリア、シドニー郊外にあるレーン・コフ(Lane cove)の町に暮らしていた若い男女の物語。

馬車が通り過ぎるたびに土埃の舞い上がる町の道の両側には雑貨屋、食料品店、鍛冶屋、酒場そして郵便局など10軒ほどの店しかない。遠くに見える山々はユーカリの木々の出す濃密な酸素で青く霞んでいる。そんな小さな町の悲しい物語。

その町外れにある小さな農場に若く逞しい青年が両親と一緒に住んでいた。ジャガイモとトウモロコシ、ガチョウと鶏、そして乳牛の世話と蒔き割が彼の毎日の仕事。
彼の両親のそのまた両親はイギリスから渡ってきた移民である。

彼女の父はその町で雑貨屋を営んでいた。小さな店でも人口200人程度のこの町なら十分に食べていけたし、父親の人柄と店番をする美しい娘のお陰で結構繁盛していた。
彼女の両親のそのまた両親もイギリスから渡ってきた移民である。

2人は幼馴染で、彼は幼い頃から穀物の種や農具の買出しに出かける父親の馬車に乗って、しばしば彼女の父親の店で買物をしていた。幼い彼は父親の買物のあいだ彼女と遊ぶのが大好きだった。そんな2人が年頃になり愛を語り合うようになるのは、自然な成り行きであった。

16歳を過ぎると2人は町外れのカメリアの木の下で語り合うようになり、18歳の頃からはその木のしたで星空を仰ぎながら、将来を夢見るようになっていた。
互いの両親も2人の将来を祝福し、二十歳を過ぎたら結婚することを当然の如く考えていたし、自分の周りを取り巻く孫達を夢見ていた。

2人が19歳になったある日、町ではイギリス国王の誕生を祝う祭りが行なわれていた。この日は恒例の草競馬が行なわれる日でもあった。出場するのは独身の男達。彼も当然出場する。優勝すれば高額ではないが、ウェディング・ドレスと指輪を買うのには十分な賞金を得ることができる。

彼は順当に勝ち残っていった。決勝レースの前、彼は彼女に賞金で手に入れようとしているものを打ち明けた。喜んだ彼女は彼にあのカメリアの木の下で幼い頃に一緒に拾った種を託し、ゴールしたら一緒に種を植えることを誓い合った。

彼の優勝を信じる彼女は両親と共にゴールで待っていた。
彼女の期待通り、そして約束どおりに彼を乗せた馬は先頭でゴールに向かう。ゴールの僅か手前になって一瞬大きな土埃が舞い上がり、彼の姿を掻き消した。馬達が一斉にゴールに駆け込む。彼の馬もゴールしていたが彼の姿が見えない。土埃の方を見ると倒れている彼が見えた。駆け寄る彼女と両親達。彼はゴール手前で手綱が切れて落馬してしまったのだった。

激痛に苦しむ中で彼は握り締めたカメリアの種を彼女の手の中に。肋骨を折ってしまった彼は喋ることができなかったが、彼女はその意味を理解した。
三日のあいだ彼は苦しみ、意識を取り戻すことも無くそして死んだ。彼女の悲しみは例えようもない。翌日、彼は彼女との思い出のカメリアの木の下に埋葬されることになった。
彼女の手には、約束のカメリアの種が。埋葬前の祈りが終わりいよいよ埋葬される彼の前に進み出た彼女は、彼の胸ポケットにカメリアの種をそっと入れた。

その後の彼女は、再び恋をすることはなく、78歳で死ぬまで父親の雑貨屋を守り続けた。
彼女の遺言どおりに彼女もあの木の下に埋葬された。
 
彼女の死後、あの思い出のカメリアの木は後を追うように枯れてしまったが、そのときには彼の胸に入れられた種から育ったカメリアは立派な木となって毎年花を咲かせるようになっていた。

今でも毎年そのカメリアの木はたくさんの真っ赤な花を咲かせて、墓地を訪れる人々に恋人の木として愛されている。

 
2003/02/09
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