2004年7月23日
<エッセイ一覧へ>

「Boseとギター」
 
(Bose/41歳/千葉)
 

小学校の時、ジュースの王冠を送ったら、黄色いギターが当った。
しかし、弾き方が解らないので、弦1本だけでメロディを弾いていた。
そのうち、父が、教則本を買ってきてくれた。とりあえず、チューニングと“聖しこの夜”の伴奏が出来るようになった。

中学生の時、風の伊勢正三さんの長〜〜いイントロソロ(はずれくじ)をコピーした。
ペンタトニックのスケールとチョーキングポイントが見えた。とにかくそのスケールの中で適当に動いていると、いろんな曲に合わせる事が出来た。アドリブのはじまりだ。。。

そのうち“エレキ”を友人に借りた。「あ、チョーキングしやすいじゃん」と思った。
ハイウェイスターをコピーした。そのソロが弾けるだけで、人気者になれた。。。エレキも欲しい。

高校に入ってすぐに白いストラトを手に入れ、クリエイションをやった。。。
でも、歌が下手だった。(フォークの時は上手いって言われたのに。。。)
インストやらフュージョンという言葉を知った。。。これだ。歌わなくて良い。(笑)
そのまま、大学生まで突っ走った。ジェフベック、高中、オリジナル。。。

社会人になると、ギターを弾く機会は無いと思ってた。歓迎会の場で「趣味はギターを弾く事」と言うと、会社のハコバンに入れられた。管楽器主体のスタンダードジャズをやっていて、何年か後にはバンマスと呼ばれていた。
しかし、バブルがはじけると、全く活動の場がなかった。
その後の活動は、結婚式とホームパーティだった。

インターネットを始めると、バンド時代の旧友と連絡をとる事が多くなり、新しいバンドを組んだ。ライブの時にアンプラグドで1曲やる事になり、中学時代に使っていた”ニセMartin”を弾いてみたら、弦高が高くて弾けなくなっていた。(苦笑)

K楽器に行き、D-18を買った。当時冗談で“次に買う時は、D-45にするよ”と友人に言っていたが、1年後には、それが現実になっていた。
ネットで繋がった遊び場や、仲間が出来、いろんなセッションやライブをやった。。。

そんなこんなでBose(私)は、素人から見ると「ギターの上手な人」になっていた。
しかし、まだまだ下手である。リズムが崩れる、指がばたばたうごく、何のソロを聞いても同じフレーズしか出て来ない。所詮、子供騙しのテクしかない。。。
それなりに楽しめるが、時々フラストレーションがたまる。

最近、自宅の近くに、プロギタリストの個人レッスンをみつけた。
41年生きていて、はじめて人にギターを習う。。。これからが楽しみだ。

さて、今日も練習しなくては。。。


                          
 
エッセイ一覧へ→
トップページに戻る→