2004年11月7日
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「私の好きな歌」
 
(まーしぃ/47歳/東京)


 戦うオヤジの応援団と出会ってから、様々な場で演奏させてもらった。
練習会、忘年会、ワンマンステージ練習会、東京SP主催の「F」企画ライブ、納涼会、神奈川SP主催ライブなど、毎月のイベントが楽しみで、時間が許せば、迷わずどんどん参加した。入会してまだ一年なのに、なんて充実していた一年間だったのだろう。

 いろいろな歌を演奏していく中で、いったい自分は、これからさき、どんな歌を歌っていきたいのだろうと、ずっと考えてきた。沖縄の歌、叙情歌、メッセージソングやプロテスタントソング、ブルーグラスフォーク、そしてフォークの精神を感じさせる最近の歌…。

 フォークの精神などと言ってしまったが、日本のフォークソングの流れは、とても変容が激しく、また曲想も多岐にわたり、「フォークソングとは何か」と定義をすることさえ、なかなか難しいように思う。そもそも定義などする必要ないといった意見ももっともであろう。

 そうしたことを承知の上で、きわめて私的な解釈を述べると(私の好みといったほうがいいのかもしれない)、私は、フォークソングとは、生活、人々、歴史、の三つの要素を大切にしてきた音楽であると思っている。

 仕事、家族、故郷、自然など、人々の生活に根ざした歌が多いこと、これは、フォークソング(民謡)からくる本来的な特徴だろう。初期のフォークソングには、「僕たち」「私たち」といった、人々としての個人が題材になっている歌が多かった。
70年代以降は、個人が前面に出てくる傾向になっていくが、それでも、人々との関係で個人が語られる歌は、けっして少なくない。こうした変化は、むしろ「われ」としての自分と「われわれ」としての自分との両者を包み込めるフォークの奥行きの広さと考えたい。

 そして、音楽史におけるフォークソングの最大の功績は、身近な出来事や個人の息遣いをモチーフとしながら、そこに歴史や時代といった大きな視点を感じさせる歌を、つくりあげてきたことにあると思う。
谷川俊太郎作詞「死んだ男の残したものは、生きてる私、生きてるあなた」、戦前の作品であるサトーハチロウ作詞「もずが枯れ木で鳴いている〜あんさの蒔き割る音がねえ〜」に、私はフォークの原点を感じる。

 今、高石友也の歌が好きだ。「思い出はいつも消えていく、ひとつひとつ、それでも虹を追いかけよう、もうそんなには遠くない」、高石の素朴な歌詞から、いろんな情景が、イメージとして自分の中で浮かんでくる。高石の歌を聴くと、歌詞に言葉としてはなくても、なぜか、人々と生活と歴史とを感じてしまうのである。

いつか、そうした歌を、自分でつくれるようになることを夢見ている。


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