2005年9月29日
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「私のギター街道」
 
(okayan/39歳/茨城)


中学2年生の時に、ゴダイゴのベーシスト、スティーブ・フォックスに憧れてベースを弾きたくなったのです。でベースを買ってくれと母に言ったら、ベースは4本弦で歌いながら弾けないからつまらない、ギターにしなさい、と言われた。これが私のギタリスト人生の始まり。

最初に弾けるようになった曲は、風(かぐや姫)の『22才の別れ』 塾の先生に教えてもらいました。初めて耳コピーした曲は、井上陽水の『夢の中へ』 コードが簡単だったのです^^;
こんな感じでなんとなくギターを弾いていたのです。

ギターに夢中になるきっかけはビートルズ。いつものようにビートルズを聴いていたら、突然リードギターの音が気になりだしたのです。メンバーの誰が弾いているのだろうとライナーを読んだらジョージ・ハリソンだった。写真を見ると一番かっこいい♪ それからは夢中でビートルズをコピーしまくりました。
最初にコピーしたのは『ブラックバード』 その次が『ヒアカムズザサン』。
この2曲が弾けた時の達成感と言ったら、今まで味わったことが無いものでした。まるで自分がプロになったかと思ったくらいです(w

そんな感じで中学時代を過ごし普通に高校へ進学。当然部活動は軽音楽♪
先輩が7人いて後輩は私一人、色々と教えてもらいました。その中に一人滅茶苦茶ギターの上手い人がいまして、その人が音楽室で『アンジ』を弾いていたのです。もうかっこよくてかっこよくて、すぐに誰の曲か聞いてLPと楽譜を買ってきました。これがインストとS&Gとの出会い。

それからは毎日アンジと格闘、何時間も弾いていましたね〜よく飽きなかったもんです。アンジが弾けるようになったら、もっとインストを弾きたくなって先輩に次の課題曲をねだったのです。

紹介してもらったのが中川イサトの『1310』 LPは地元で手に入ったのですが楽譜が無かった。お茶の水まで行って楽譜を買い、それからは毎日練習練習♪ 今でもその楽譜持っていますが、あちこちに何月何日ここまで弾けるようになった、なんて印が書いてあります。よほど嬉しかったのでしょうね^^;

こうして高校以来インストを弾いているわけですが、世はフュージョン等のテクニックバンドの時代。アコなんて誰も弾いておらず、人前で弾くと『ダサい』と言われていた時代。故に私も表ではバンドなどやっておりまして、インストは自宅で弾く盆栽芸でした。

社会人バンドは、転勤などでメンバーが抜けると補充が大変。ご多聞に漏れず私のいたバンドも自然消滅。でもライブ活動は続けたい、それからソロインストでの活動を本格化させたわけです。

それまでもちょろちょろ人前で弾いていたのですが、完全にインスト1本にしたわけ。
つくばの外人バーで、ウイークリーレギュラーライブなんかやったりあちこちの店に飛び込み演奏したり、とにかく積極的に活動してました(今でもか^^;)

約10年くらい前の話なんですが、その頃はインストなんて誰も知らなくて弾かせてもらえるまでが大変。アコ持って行くと、必ずフォークソング歌うやつと思われて門前払いも数知れず。それにもめげずあちこち門を叩いて弾いてまわり、声が掛かればどんな場所・時間でも弾きに行きました。ホストクラブなんかでも弾きましたよ(w
だから少なくともつくば周辺でのインストの認知度は、他地域のそれよりかなり高いのです。

インターネットを導入してからはその動きを関東近県にまで広げ、片道300kmまでは日帰りライブを行っておりました(今はもう無理^^;) 
掲示板に書き込みして知り合いになって、で遊びに行くからライブ企画してちょうだい!、なんて手を使ってどんどんやってました。
その頃は押尾こーたろーもいなかったので、インスト初体験という場所ばかり。こういうときインストは得ですね、もうどこでも大歓迎されまして仲間もどんどん増えていきました。

こんな活動を10年ほど続けてきております。

2005年にはたまたま応募したコンテスト、モリダイラ楽器主催『フィンガーピッキングデイ2005』において優秀賞とオリジナルアレンジ賞を受賞しました。
これが今まででは一番大きな出来事です。だからと言って一般には無名のコンテストなので、相変わらず飛び込み&レギュラーゲットするぜ!ライブばかりです(w 
良いネタが仕上げれば、次は日本一を狙いますぜ!

これが今のところの私のギターリスト履歴書です。
エッセイでは無いですね、ごめんなさい^^;

<完>

 
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