2014年1月23日
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「ライブBAR EN」と「タカシくん」との出会い
 
(南西風/1955年生/静岡)


 私がギターを持つようになり、音楽に親しむようになった経緯は、おそらくオヤ応の多くの方々とあまり変わらないものと思われます。そこで、私はギター、そして音楽について新たな目を開かせてくれたあるお店、そしてそこでの出会いについて書かせていただきます。

 私の住む町にある『ライブBAR EN』。古びた木製のドアの把手はストラトキャスターのネック、カウンターの形もストラトキャスターのネック(フレットを表すラインもポジションマークまであります。)、と言った、いかにもな音楽BAR。週末にはプロ、アマの様々なライブが行われています。

 ひょんなことからこのお店を知り、さらにマスターがギター教室を始めると知った私は、さっそくその門を叩いたのです。師匠であるマスターは私よりひとまわり年下。その指導は、単に曲が弾ける(弾き語りできる)ことを目指しているのではなく、「ノリ」を生み出すリズムや、聴き手に感動を伝えるための演奏(テクニックではないハートの持ち方)法など、大変ユニークなものでした。

 そこで私は、ただ「弾ける」ことではない「伝える」ことが大切なことを教わりました。もちろんそれにはテクニックが伴わなければならず、「継続」や「努力」が苦手な私は、ついには脱落してしまったのですが。またこの店では3ヶ月に1回、アマチュアの数組でのライブ「アコースティック・ナイト」という企画ライブがあり、私もソロや仲間を連れてのデュオで数回、出演しました。

 多くが20代、30代の出演者で、「ゆず」や「コブクロ」などのコピーや、それに準じたオリジナル曲などが演奏される中で、60年代70年代のフォークを歌う私は、かなり異質な存在でした。そんな中出会ったのが「タカシくん」。

 6弦ベースを弾きこなす彼は、私の息子と同い年。でも初対面から「あのさあ」「そうなんだあ」とまったくの「タメ口」。でも悪意は感じられず、ただ「そういうタイプ」なだけでした。

 「タカシくん」は私と私の音楽に興味を持ってくれて、店で一人飲んでいれば話しかけてくるし、私のライブは良く聴きに来てくれました。そして言うのです。「オレ○○さんの歌好きさ。昔のフォークとか全然知らないけど、なんかもっと知りたい。その時代の話やいろんな歌、教えて欲しいさ。」ちょっと嬉しかったですね。僕の演奏を気に入ってくれたこともそうですが、「古い」「ダサい」「興味ない」が多くの若者の反応だったろうに、彼は「もっと知りたい。」と。

 ちょっと居心地悪かった「アコースティック・ナイト」に居場所を見つけた感がありました。それからは出演のたび、MCではなるべく曲の解説、時代背景や、説教臭く思われようとも、今の時代への批評、50代の自分の思いを語るようにしてきました。「タカシくん」はよく聴いてくれて、そして時々「イイじゃんか、ジジィ!」と声をかけてくれました。

 その『ライブBAR EN』も、今年4月で閉店してしまいます。原因のひとつには、店に集う若者たちが仕事に追われつつも収入が減少してしまっている、この不況(地方の工業都市は生産拠点の海外移転で大変です。)があります。音楽どころでなくなっているのです。年代を越えた音楽仲間ができた貴重な場所が失われてしまうことは本当に残念です。

 オヤジたちは音楽を取り戻していますが、これからの若者たちが音楽などの人生の楽しみを見つけられない時代になってしまうのでしょうか。




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