レクイエム
なべさん
    
12月の中旬のある早朝、に電話が鳴った。知り合いの女性からだった。受話器からの声は「娘が、娘が、死んじゃったんです。17日の水曜日に、電車に飛び込んで、自殺してしまったんです」であった。返す言葉を失った。娘さんのことは、を中学生の頃から知っていたいし、何度か親しく話し合ったことがあった。現在高2で16才のはずだ。

夜、家を出てそのまま帰らぬ人となったそうだ。
「近くの教会で12:30分から、お別れをしますので、お時間があったら、いらして下さい」 とのことだった。

12時少し前に、教会に着いた。高2だったので、同級生の女子高生があふれていた。お母さんの所へ行って、挨拶した。いったい、どんな言葉を、かけたらよいと言うのだ。「自分を責めないでね。誰かを恨んだりしないでね」と言った。
「最後に携帯に電話があったんです。でも、私、出られなかったんです。きっと、何か言いたいことがあったと思うんです」 「……、何時ごろ?」 「午後11時過ぎ」「場所は?」「駅の駐輪場の端の柵を乗り越えて……」「お力になれなくて」。
最後に彼女に会ったのは、7月6日だった。背の高い、可愛い子だった。

教会の葬式は初めてだった。オルガンが鳴り、荘厳な感じ。牧師の話があり、悲しさはいや増すばかり。生前の彼女のイメージが脳裡を横切る。いったい、どんな気持ちで、柵をまたいだのか、電車の前に身体を投げ出すのに、どれほどの勇気が必要だったのか。最後に彼女の視界には何が映ったのか。
「顔は何とか綺麗だったんですが、身体は身内の方はご覧にならない方が、っていわれたんです」

彼女のボディは一応整えられて、棺に入れられて安置されていた。賛美歌、牧師の話が続く。あちこちですすり泣きの声が漏れる。

7月から、12月までに彼女に何があったというのだ。彼女は気分の浮き沈みが激しい子だった。
「うんと調子が落ちているときに、バレーの先生に、素質がないから、別のことをやった方がよい、と言われたらしいんです。先生は、娘ならそう言われてより発憤してくれると思ったそうなんです」 「タイミングが悪かったんですね」

僕には、許せなかった。その先生の言動もだけど、自ら命を絶った彼女が。
なぜ逝ってしまったんだ。

最後にお別れがあった。花を棺に入れる。
一応、彼女の顔だったけど、それは僕の知っている彼女ではなかった。それはタダの物体だった。僕が好きだったのは、正気あふれた16才の少女だった。
「バカヤロウ!」僕は、つぶやいて、花を入れた。
弟が大声で泣いていた。母は傍らに立ち、弟の身体に手を回していた。僕は、彼らの前に立って、二人を無言で見つめて、母と弟の手を取って、重ねた。なにも言えなかった。何が言えると言うのだ。

出棺を見送らずに、僕はそのまま家に帰った。自分の心の一部も死んでしまったようだった。
やるせなかった。知覚が異常に過敏になっていた。どうして空がこんなに青いんだろう。いっぱい舞っている枯れ葉のひとつひとつが鮮明に見える。風の匂いはまさに冬だった。

しばらくまえから、執拗に頭の中で鳴り響く曲があった。このためだったのかと、改めて思った。 悲しくて、辛かった。
そして、曲が出来た。普段僕が作る曲とは全く違うけど、彼女に捧げるレクイエム。

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明日でちょうど1ヶ月になります。いやみかな、きざかな、ただの自己満足かな、と思いつつも、僕は彼女のために作った曲を弾きに行くことにしました。
ギターケースはいつもと同じ重さです。果たしてこれから弾く1曲の重さも、いつもと同じでしょうか……
 
2004/01/15
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