2004年6月10日
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「4本目のギター」
 
(大ハーン/48歳/千葉)
 
 ガットギターを始めて抱えた。それは34年前の中学2年生の頃。
それまで音楽に興味はなかった。だが、ギターを覚えようと思ったのは、きっとそこには心を惹きつける何かがあったのだろう。そのギターは私の物ではなかったが、訳も分からず1曲選んでコードの押さえ方を練習した。ビリーバンバンの曲のコードを押さえ、ジャンと音を出すと曲らしく聞えた。達成感があった。

 高校生になり、私の周りにギターを弾くクラスメイトが2名現れた。彼らは何も知らない、何も弾けない私に教えてくれた。そのお陰で曲らしいものが弾けるようになり、最初のギターを買った。どこのギターだったか覚えていない。国産のドレッドノート型で、ナイロン弦でない音に感動を覚えた。

 毎日弾いていると少しはましになってきた。すると、感動したはずの私のギターに飽きがきて、それは友人に譲った。音の違いを多少なりとも聞き取れるようになってきたからだ。アルバイトで貯めたお金を持って、御茶ノ水に足を運んだ。目指すは靖国通りに面したカワセ楽器。JAMBOかマスターか。ギャランティの銀のシールにも魅力を感じていた。そしてガラスケースに展示されていたJAMBOが手に入った。この頃、クラスメイト3人でフォークバンドを結成。そのメンバーの一人から3本目のヤマハFG350(赤ラベル)を譲ってもらった。

 その後は、周囲の環境が変わり、偶の休日にケースから出してコードを忘れない程度に弾く程度になっていった。

 結婚してからはギターを弾く度合いが更に減る。「近くで騒音を出さないで」とばかりに私を睨むことが原因なのだが。それでも妻には延々と「いつかはマーチン。いつかはギブソン」と口癖のように言って19年。ついにその日が来た。マーチンを買わなかった理由はただ一つ。それは「コストパフォーマンスが悪い」からだ。マーチンの世界に触れたい、という願望と自分のテクニックを見合いにするからだが。でも、死ぬまでには買いたい、そう思っていた。切っ掛けは特にない。その時、無性に購入願望にかられただけだ。そして4本目のギターD28を手に入れた。

 弦を張り換えて、緊張する心を抑え、音を出してみた。ビックリした。そこには異次元の世界があった。夢にまでみたマーチンの世界が感動と共に今ここにある。手に入れてから「何でもっと早く買わなかったのだろう」と後悔した。待つ事に何のメリットもないことが分かったからだ。

 それからギブソン・サザンジャンボを手に入れて、今では4本のギターに囲まれて幸せな気分に浸っている。
70歳を過ぎても体が丈夫ならギターは弾ける。「ニューオリンズの老人がブルースを弾く映像を見たことないかい。あれって格好いいと思わない」そう心の中で呟いている。女の子にはもてなかったけれど、格好いい中年でいたいし、格好いい老人になりたい。人はどう思うか分からないが、人生の半ばを過ぎてそう思うようになった。その方が心が豊かになると思うからだ。
  
 
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