2005年1月29日
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「もう、早く寝てよ」
 
(yasu/46歳/栃木)
 


「もう、早く寝てよ。いま何時だと思っているの?」と家内の寝ぼけ声。
時計を見ると午前2時半。
「ハイ、ハイ。今寝ようと思っていたんだ。」ギターをギターケースにしまう。

ギターを握る手に目一杯汗をかいている。31年前の文化祭での初ステージでも、こんなに緊張はしなかった。家内から手渡されたハンカチで額の汗を拭う。スカボロー・フェアを試奏する。手が震えてうまく弾けない。
「自分の好きな音にすればいいじゃない。」と家内。
「本当にいいのか?」
「いままで頑張ってきたんだもの。マーチン欲しかったんでしょ。自分へのご褒美よ。」
ギターの弦を買うつもりで入った楽器店を出てきたときには、「D-28」の入ったハードケースを抱えていた。2004年6月13日の出来事だった。

31年間愛用してきたBLUE BELL W-30と弾き比べる。
'マーチンは高音が美しい'と勝手に思い込んでいたが、D-28の中低音のパワフルさと和音の響きに圧倒される。高音のパワーは年季の入ったBLUE BELLの方が出ている。このD-28は年と共にどのような音を奏でてくれるのだろう。
そのBLUE BELLは今、息子が大学の下宿で弾いている。D-28を手に入れたときには息子に譲るつもりであったが、こうして弾き比べているうちに惜しくなり、「自分のギターを手に入れるまで、お父さんのギターをお前には貸しておく。」…人間とは不思議なものである。

「音が違う。これは僕のD-28の音じゃない。」弦をPhosphorに張り替えたときのことだった。
弦の銘柄でこんなにも音が異なるとは。Martinに憧れ、せめて弦だけでもMartinをと、BLUE BELLにM140の弦のみを張り続けてきた私にとって、意外でかつ新しい発見だった。結局弦はBronzeに変え、「僕のD-28の音」を取り戻した。

会社からの帰宅後、寝室でウイスキーグラスを傾ける。一日の終わりホッと一息をつきながら、D-28をギターケースからそっと取り出す。
いつものようにスカボロー・フェアを弾く。いい音だ。D-28の音にも酔いしれる。
ついついギターと声のボリュームが大きくなってくる。
「もう、早く寝なさい。いま何時だと思っているの?」
時計はもう午前2時を回っていた。
 
左:BLUE BELL W-30
右:Martin D-28

並べてみて改めて、D-28によく似たギターを買ったものだと感心する

 
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