2007年5月13日
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「弾き語りと私」
 
(安野/1955年生/大阪)


 14才から始めたギターの弾き語りを通して、今、私が思っていることは「決して諦めずに続ければ、心からの願いは必ず叶う。」(時々、中断はあっても)ということです。

中学時代、友達から聴かされたPeter,Paul and MaryのMovingというアルバムに大きな衝撃を受け、自分もギターを手に歌うことに夢中になってきました。次々と彼等の他のアルバムを手に入れ、貪るように聴いていたのを昨日のように思い出します。若さ故のエネルギーからでしょうか、弾ける曲が一気に増えてゆきました。弾けるものが増えてくると益々楽しくなり、また新曲にチャレンジするという好循環が生まれていました。

高校3年の頃にはいろんなパターンのものが弾けるようになりました。しかし、ある程度弾けるようになっても、何故かスッキリしない気持ちの部分があり、今から考えると恥ずかしくなるのですが、それは、憧れの彼等と自分とを同一化するあまり「彼らと全く同じでなければ意味がない。」という自分を否定する気持ちからだったと思います。それでも、その頃、ギターを弾いて歌うことが何よりも好きでした。

 今から10年前、CDを制作しました。これは、アメリカンフォークソングと日本の唱歌を中心にしたカバーで、日本語の歌詞を少し変えたり、追加したりでその当時私達が感じていたことを歌ったものです。本格的なCDにしようと考えていましたので大変でした。著作権者の許諾の問題、JASRACへの申請等々。中でも一番困ったのは「自分の実力のなさ」でした。「俺って、こんなに下手だった?」本録をする前のデモ録を録った時の正直な感想でした。それからが(自分と)戦うオヤジのはじまりでした。

悪戦苦闘の末、1997年3月、CDデビューです。(笑)

 昨年の初め、音楽仲間の一人から「自分の作曲した曲に詞を付けてほしい」と女房に依頼がありました。これがキッカケとなり、私達夫婦のコラボでオリジナル曲5曲が生まれました。(ほとんど、女房が作ったのですが・・・。)私達が現実生活の中で体験し実感した内容の歌です。実は、こんな歌が私は歌いたかったのです!14才の時から、37年の時を経て、まさかこんな形で夢が実現するとは思いもよりませんでした。女房が子供だけでなく、私の歌いたい歌まで生み出してくれるとは…。

 只今、51才!  歌に仕事に人生に、戦うオヤジ ここにあり。




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