2008年6月5日
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「ギターうまくなりてえんだ」
 
(カバさん/1960年生/埼玉)


2006年の暮。小学生最後のクリスマスを迎える娘に「何か欲しいものはないのか」と尋ねた。「ヴァイオリン」返ってきた答えは、想像しえないものだった。

ああ、もう三行目にして、文体をかえざるを得ない。

ヴァイオリン! そいつは想定外だ。ウチの馬鹿娘が欲しがるものといったら…。マンガ、それもちっと教育上どうなのよといった内容のオタクっぽいヤツ。ゲーム、我が家に一台しかないテレビを独占し、妻の顰蹙を買っているアレ。アニメ、自称オタクの彼女の興味は、どうもコスプレにも及んでいる様で、ああ、いったいコヤツの人生どうなるのよ…。と、とーちゃんは密かに心配しているのだった。

「ヴァイオリン」そんな娘の口から、恥かしげに発せられたその響きに、とーちゃんは我を忘れ、ああ、こいつもついに青春のナントカカントカに目覚めたのかと、インターネットで「ヴァイオリン」なるものの知識を漁りはじめる。

そのうち、このなんとなく上流家庭をイメージしてしまう楽器の修得が、独学では困難であることを知ったとーちゃんは、音楽教室なるものをネット検索しはじめる。で、出会ってしまった。ヤマハ、大人の音楽教室。

約半年後、新しい楽器を手に、緊張した面持ちを浮かべ、音楽教室の門を叩くのは馬鹿娘ではなくとーちゃん本人であった。「どんなの弾いてきたの」セッションミュージシャンのS先生はにこやかに尋ねてきた。生来あがり性のとーちゃんは、声を出すことさえ困難な状態であったが「イエスのムードフォアデイ、いんちきバージョンとか」と精一杯の背伸びをする。

「ああ、あれ、難曲だよ、こんなヤツでしょ」とサラリと弾いてみせるS先生。ムム、見れば穴のあいた決して高くないエレアコ、しかも弦は黒々している。なのに、S先生の弾くそのメロディは、とーちゃんの周囲に音の粒となってキラめいているではないか。
「じゃあ、ちょっと弾いてみて」
「いえ、弾けませぬ。ひえー、ご勘弁を」。

この日から、とーちゃん、イヤ、「オレ」と「ギター」との戦いが始まった。
「オレ」は「わたくし」になったり「おいら」になったり「あちき」になったり、日々忙しく人称をかえながら、それでも何の根拠も理由もなく、一つの思いにとりつかれてギターにしがみついていた。

「ギター、うまくなりたい」

一年間で四本のギターを買い、僅かな蓄えを失い、ローンまで抱えてしまった「とーちゃん」の戦いは、まだ続いている。理由なんかありゃしねえんだ。どうしてそう願うのかオレにもわかりゃしねえんだ。とにかく、そう思っちまったんだから仕方ねえ。えええいどうだ、もう一回叫んでやる。

「絶対、ギター、うまくなりてえんだ!」




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