2010年6月27日
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「私のギター人生」
 
(ほんちゃん/1961年生/東京)


私がギターを始めたきっかけは私が中学3年の初めの1976年にTVで放映されたセブンスターショーです。この番組は当時のフォークソングがニューミュージックと呼ばれ始めていたころに当時人気だった7人のスターのLIVEをオンエアーすると言う企画で、最近で言えばMTVのような感じでしょうか・・・7人のメンバーのすべては覚えてませんがたしか拓郎、ユーミン、陽水あたりだったような・・・
当時あまりテレビに出なかった拓郎を初めてみて「お〜カッチョ良い!!」って思いました。友達がそのときの音源をカセットテープレコーダー(古い)に録音してくれたのでそれから毎日のように聞いてました。それからギターを買い練習し始めるまでにそんなに時間はかかりませんでした。そのころ私はちょうど腎臓を悪くして夏休みだと言うのに「泳いではダメ」と医者から宣告され、毎日家に閉じこもり夏休中毎日ギターに明け暮れてました。おかげで夏休みが終わるころにはハーモニカ(ブルースハープ)を吹きながら弾き語りが出来るようになっていました。さて拓郎をある程度までマスターした私はまた新たな方向へ・・・・

拓郎をある程度マスターした私はギター1本での一人弾き語りになんとなく物足りなさを感じ始めてました。その頃人気があったグループの「かぐや姫」に目をつけました。かぐや姫の曲はご存知のとおり南こうせつのリズムギター(アルペジオ、スリーフィンガーも含め)に正やんのリードギター、パンダさんのウッドベースというアンサンブル、そして美しいハーモニーがとても素敵でした。私は早速ギターを弾ける友達と一緒に「かぐや姫」、後の「風」「陽水」などを練習し始めました。今でもその当時練習した曲はレパートリーとして残ってます。叙情フォークの定番「神田川」「妹よ」「22歳の別れ」「なごり雪」「加茂の流れに」等々・・・ベースこそ有りませんでしたが我ながらなかなか良い仕上りだとな〜と酔いしれてました^^;そして高校生になって新たなジャンルへ・・・

中学生生活をもう少しで終えるころから私の興味は洋楽へと変わってきました。小さいころに兄が聞いていたEP盤の中からアコースティックギターを抱えたデュオを見つけました。そのグループはサイモンとガーファンクルでした。曲は「明日に架ける橋」と「コンドルは飛んでいく」だったのですが、聞いてみると曲はとても良かったのですが、アコースティックギターがあまり使われていないことにがっかりでした・・・とりあえず他の曲も聴いてみようと買ったアルバムが映画「卒業」のサウンドトラック盤でした。聞いてみるとアコースティックギターだけのアレンジ曲も多く、しかもそのハーモニーの素晴らしいこと!私はS&Gのすっかりとりこになりました。それからさっそくギターの伴奏の練習と友達とハモリの練習に取り掛かりました。最初の課題曲はソロで「四月になれば彼女は」そしてデュオではあの有名な「サウンド・オブ・サイレンス」そして「ボクサー」「スカボロフェアー」またまたハーモニーに酔いしれました。

高校生になった私は相変わらず勉強もせずにギターばかり弾く日々を過ごしていました^^;当時アパート暮らしをしていた私は少々時間を持て余していました。アコギを歌の伴奏だけではなくピアノのようにソロで人に聞かせられるような演奏は出来ないかと思っていました。クラシックギターはソロで聞かせるジャンルとして確立しているわけですが、スチール弦のいわゆるフォークギターはあくまでも歌の伴奏としての楽器と言うイメージしかなかった私はそれから海外のレコードを買いあさったのです。そんなある日アメリカのおじさんがマーチンのD-18らしきギターを弾いているジャケットのレコードに目が止まり思わず買ってしまいました。レコードの針を落とした瞬間のあの衝撃は今でも忘れられません!そしてそのレコードがその後の私のギター人生を大きく変えることになったのです。その人の名前は「ドック ワトソン」

そのアルバムのタイトルは「ドックのギター」というものでした。針(懐かしい響き)を落とした瞬間全身を衝撃が走りました!俺が探してのはこれだ!!そう感じました。まずそのギターのテクニックに驚かされました。いわゆる早弾きで弾きまくっているのですが、その中にもなんともいえない味というか暖かさが感じられる演奏でした。唄ありフラットピッキングありフィンガーピッキングあり、バンジョーありでその才能に驚かされるばかりです。特に感動した演奏はフィラットピーカーなら皆さんご存知の「ブラックマウンテンラグ」です。私はいてもたってもいられず早速楽譜を買い練習に明け暮れました。1週間後には若干スローテンポではありますがなんとか弾けるようになっていました。そうなれば今度はあのジャケットに写っていたギターが欲しくなるのは何事もはまりやすい私としては必然です。

そして高校3年の初めついに憧れのマーチンのD-18を買いました!!

そして48歳の秋、再びD-18を購入いたしました。そして再び私のアコギ人生が始まりました。





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