2011年3月28日
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「もしもギターが弾けたなら」
 
(かく/1960年生/三重)


初めまして、三重県の「かく」(kaku FW) と申します。

先日は、名古屋SPの交流会に初参加し、楽しい時間を共有させてただき、ありがとうございました。

長くなりますが、自分がギターを弾くようになって今にいたるまでの事を書かせて下さい。


子供の頃から、歌が好きでした。

「恋の季節」(ピンキーとキラーズ)や「ブルーライトヨコハマ」(石田あゆみ)を歌って踊ったりしていたのが、小さい頃に聴いていた流行歌(はやりうた)の記憶です。

中学に入学する頃には、井上陽水、かぐや姫などのフォーク全盛期がやって来ようとしていました。

髪を伸ばし、ジーンズを身に付け、ギターをかき鳴らし歌う彼らは、若者の心を一気に捉え、自分達の友人達にもそれを真似てギターを弾く人間が多く見られるようになりました。

高校生になり、体育祭の前夜祭や文化祭では、風や松山千春の曲がギターを弾いて歌われ、いつしか自分もギターを弾いて歌ってみたいと思うようになるのは当然の事だったのでしょう。

高校1年冬、お年玉でギターを買いました。

「モーリス弾けば、スーパースターも夢じゃない」というラジオから流れるCMの影響もあったのでしょう。

モーリスW−30というギターを購入して、練習を始めました。

まず簡単な曲ということで、ふきのとうの「白い冬」を最初に選んだことを覚えています。

Em G C D とコードが簡単だったのがその理由でした。

ジャラジャラとかき鳴らしてみて、なんとか弾けていたのですが、Fなどの難しいコードはまだ弾けず、その曲から次の曲には行かないうちに、2週間ほどでいつの間にかギターを弾かなくなっていました。


大学生になって、運動部に入りましたが、同じ部に入部した同級生が軽音楽部にも入っていた(ベース)のを見てて、自分もまたギターを練習してみようという想いが強くなります。

同じ大学に入ってた高校の同級生(中学からギター弾いていた)の勧めもあり、今度はちゃんと基礎からということで、通信教育のクラシックギター講座を始めることにしました。

簡単な指の動きから練習するプログラムにそって、買ったクラシックギターを大学の授業とクラブが終わった後、アパートの部屋で周りに迷惑にならない小さな音で練習し始めました。

が、結局それも長続きせずに1ヶ月もしないうちに、ギターは押入れに入れたままになってしまったのです・・・

その後もいろんな音楽を聴いて、リー・リトナーやラリーカールトンという当時フュージョンと呼ばれた音楽を奏でるミュージシャンに憧れたりもしたのですが、2度の挫折の経験から、自分にはもう一生ギターは弾けないものだと思ってました。

「もしもギターが弾けたなら」・・・いつも夢見てました。


40歳になる少し前に、あるきっかけ(詳細はまたいつか)で、どうしてもギターが弾けるようになりたいという想いが強くなったものの、(やはりまた挫折するのでは)と思うと、ギターを購入することにも踏み切りにくく・・・

そんな時に、自宅の押入れにいれたままになっていた、高校時代に買ったギターを思い出し、20年以上ぶりにハードケースを開けてみたのです。

中からは、トップもほとんど焼けていない、新品同様のW−30が出てきました。


ギターに詳しい友人に見てもらったら、ネックやボディにも何の問題もないとの事で、それで早速練習をすることに。

その際、以前はジャラジャラとギターをかき鳴らすだけだったのがつまらなかった事を思い出して、どうして挫折したかを自分なりに振り返って分析。

その1) コードでかき鳴らすだけでなく、アルペジオが弾けるようになりたかった。
その2) 興味の持てない練習曲ではなくて、自分の歌いたい好きな曲を1曲を難しくてもまずマスターすること。

この2つを攻略することで、挫折せずに弾き続けられるのではと練習しはじめてみたのでした。


毎晩、仕事から帰って、午後9時から12時くらいまで、ずっとギターを触らない日がないくらい弾いてました。

もちろん、なかなか上手くアルペジオは弾けない、指が動かなかったのですが、自分の特に好きな曲だったので、全く苦にならなかったのです。

そして1ヶ月もすると、なんとかその曲をアルペジオで弾き通す事が出来るようになり、1曲出来ると、また次の曲、そしてまた次にというように、どんどんいろんな曲が弾けるようになって行きました。

同じミュージシャンのファンの仲間たちと知り合い、一緒にギターを弾いたり、歌ったりするようになり、その後4〜5年は弾き続けておりました。

その頃から、大学時代の部活以来、ずっと運動してない身体に衰えを感じ出し、ジム通いを始めたのですが、やり出すと面白くて、自分の身体に合ったと感じるウエイトトレーニングをするようになりました。

その後、県のベンチプレス大会で準優勝になった事もあり、ドンドンはまって行く事になるのですが・・・

重いウエイトを扱う事で、腕や肩にも負担があるため、筋肉痛や腕・肩の張りで、ギターを弾くのが辛いんですよね。

それと、トレーニングとギターの練習の両方に時間を割くのも、仕事上忙しく困難な時期でもあり、ギターを触ることも段々と無くなって行きました。

昨年の春頃〜秋口まで、ずっと腰痛にさいなまれ、ジム通いが出来ない日々が続くようになってしまいました。

そんな時、弾かないままリビングのインテリアと化していた、ギターをジムに行けないための、空いた時間に再び触りだすことに。

この何年か、高校時代の同級生達と集まる機会が増えており、当時からギターを弾いていた友人達が、私がギターを弾くようになった事を知って、また一緒に弾こうと言われるような事がありました。

それで、高校時代にその友人達が弾いていた曲などの中から、主に「風」の曲を練習しようかなと思い立ち、好きだった、「あの唄はもう唄わないのですか」を練習始めました。

イントロや、途中のアレンジなど、上手な人達はどんな風に弾いているのだろうと、youtubeを参考に見ていた時の事です。

自分と同じような年代の方が、若い頃弾いて、ずっと遠ざかっていたギターを数年前から再開され、最近はあちこちのライブに参加されており、その時の動画を見つけました。

何度も繰り返し見せていただいていて、その演奏に感動しただけでなく、その方が輝いて感じられました。

同じ年代でありながら、仕事と家庭を持ちながらも、普段からギターに精進され、ライブなどにも参加されている・・・

自分もそんな風にやってみたいと思うようになったのです。

リンクを辿り、その方のブログを読ませていただき、年代だけでなく、いろんな共通点(興味あるものや家庭環境など)もあることで親近感を感じ、自分が感じた感想をブログのコメントに書かせていただきました。

それにお返事いただき、それからコミュニケーションを取らせていただくようになり、いろいろギターやライブや、その他の話などでお話させていただくようになって行きました。

それが、前にリレーエッセイを書かれている武羅雲さん(愛媛)です。

その後、ネットを通じて交流させていただき、何度も実際にお会いしたりギターの事をいろいろ教えていただいたり親しくお付き合いいただいております。

この、「戦うオヤジの応援団」に入会するのもお誘いいただき、ほぼ同時に入会させていただきました。

ここには、同じようなギター好きな方々がたくさんいらっしゃって、とても嬉しく感じております。

自分は、若い頃からギターを弾きこなしておられる皆様のように上手に弾ける訳ではないのですが、なんとか勇気を出して、先日は名古屋SPの交流会に参加させていただけたという訳なのでした。

こうしてネットを通じて、昔だったらとても知り合えないようなご遠方の方々とも繋がっていけることを、本当に嬉しく思っています。

今後は、機会作って参加できる時にはいろいろ参加させていたきたいと思っております。

シャイで、人見知りな人間ではありますが、その際にはどうかよろしくお願い申し上げます。


長々と読んでいただき、ありがとうございました。


最後になりましたが、今回の大地震による被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。

どうか一日でも早い復興をお祈り申し上げると共に、微力ながら自分に出来る応援はさせていただこうと思っております。





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