「音楽との出会い」 |
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(dobjo/1956年生/大阪) |
私は現在、大阪をホームに学生時代の友人と生駒マウンテンボーイズというブルーグラスバンドでギターとヴォーカルを担当していますが、私が始めてギターを弾いたのは小学校4年生くらいだったと思います。
父親が突然真っ白なエレキギターを持って帰ってきたのです。
そして父親が私に教えてくれた初めての曲はなんと『湯の町エレジー』でした。
当時は学校から帰ると湯の町エレジーのイントロばかり弾いてましたね。
しかし父親は他には何も教えてくれませんでした。多分それしか弾けなかったのでしょう。
それから数年後、中学生になってから音楽の授業で先生が何でも良いからバンドを組んで楽器演奏でも合唱でも好きな音楽を練習して発表会をし、各クラスで投票してクラスで1番になったバンドは録音して、お弁当の時間に流すという授業がありました。
その後お昼休みに流されている数組のクラス代表の中から全校投票をすることになり・・・
友人と3人で演奏した『漕げよマイケル』と『風に吹かれて』で見事に全校で1番のバンドに選ばれました・・・これが私の音楽人生のピークでした・・・
ピアノ演奏、縦笛・ハーモニカ等の楽器演奏・合唱などの中にあってフォークギターを弾きながらアメリカのフォークソングを歌う姿が目新しかったのでしょうね。
ピート・シーガーやボブ・ディランなんて誰も知らなかったですもんね。
その後、私はフォーク小僧となり岡林・拓郎・鳥・風船・ロッキャン・ディランU、加川良、中川五郎そしてナターシャセブンなどなど聞きまくり、弾きまくり、歌いまくりの毎日でした。当時は住宅事情の関係で住宅の屋上で練習しましたね。
ブルーグラスとの出会いは中学校の遠足で行った大阪万国博覧会でした。
カナダ館の前だったと思いますが、ギター・バンジョー・マンドリン・フィドル・ベースの5人組みで軽快な音でなんと楽しい音楽だと思い、この音楽をやりたいと思いました。
数年前、そのバンドがギター・ジョッシュ大塚さん、バンジョー・渡辺三郎さんマンドリン・大塚 章さん、ベース・渡辺敏夫さん、フィドルは林さんという方だったということですが・・・ブルーグラス45だったという話をジョッシュ大塚さんから聞いたときはただただびっくりでした・・・偶然とは言え何か感ずるものがありました。
現在は1ヶ月の1度くらいのペースでライブハウスやブルーグラスフェスなどで演奏をさせていただいていますので、機会があれば一度聴きにきてください。 |
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