2013年8月27日
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「素敵な相棒との出会い」
 
(hirara/1963年生/大阪)


私とギターとの出会いは、私がまだ中学一年生の頃まで、さかのぼります。私は兄との二人兄弟で、一つの部屋で二段ベッドの上段にいつも寝ていました。兄とは4歳差で、勤勉な兄はよく夜中まで深夜ラジオやLPレコードを聴きながら勉強をしていました。私が寝ていることもあり多少音量は下げてくれていましたが拓郎、陽水、かぐや姫、山崎ハコ、NSP、チューリップ、カーペンターズ、ビートルズ等々自然と耳に残っていきました。

兄はフォークギターも多少かじり、ジャカジャカと試験勉強の合間に聞かされました。その影響が大きくて、兄にギターの基本を教えてもらい、二人でたまに拓郎、陽水をデュエットしたりしていました。半年後には自分で教則本を買って研究をしたり、カセットに録音した音源で耳コピをしたりして楽しんでました。初めてお年玉と郵便局にあった貯金を下ろして買ったのがヤマハのFG−200でした。

その後テレビか写真でみた松山千春の持っていたオベーションのスーパーアダマスに興味を持ちました。天王寺駅近くアポロビルにその当時あった三木楽器さんにお邪魔したときにスーパーアダマスの値段を聞き、天文学的な金額を聞かされたことを覚えています。ステレオピックアップも初めて教えてもらいいつかはあれを弾いてみたいと思ってました。

その後、昭和町にある関西楽器にオベーションのノンピックアップ(1114)中古が置いてあり弾かせて頂いたところなんとFGに比べてネックが細く、セーハコードが楽に弾けると驚き、すぐ買ってしまいました。中学校では軽音楽部がなく、PPMのファンであった英語の先生を巻き込んでギターサークルを作り、部員を募集し、20名ほどあつまり、そこでサークル部員にギター基本を教えながら楽しみました。そのころキリンヤングスタジオという素人参加型ラジオ番組(キダタロー氏司会)にボーカル趣味の女性に誘われて出演して、最年少の出演だよと言われたのを覚えています。

その後エレキギターにも触手を伸ばし、CAROLのコピーをしたり、ディープパープル等のハードロックもやってみたりギターに関して貪欲になっていました。将来はミュージシャンになりたいって淡い夢を描いていましたが、出入りしていた楽器店のスタッフの方々からミュージシャンは大変で貧乏になるでーって何度も言われ、夢破れて楽器店スタッフになった人まででてきて、なんとなくテンションがさがり、高校卒業してからは商社に入り、英語の勉強を死ぬほどしてアメリカに出張に行くことを目標にしていました。

アメリカでギターを買おうと考えて、入社後6年目でそのチャンスが巡ってきて、ギブソンの聖地、ナッシュビルにいくことができました。スターバーストというモデルを購入し、ナッシュビルのライブハウスで飛び込み演奏をさせて頂いたりして素晴らしい出張をさせていただきました。

今回長くなりましたのでこれぐらいで筆をおかせて頂いて、私にとってのギターは、苦しいときに慰めてくれたり、楽しいときにはテンション上げを手伝ってくれたりと、本当に良い相棒です。結婚してからはあんまり弾く機会がなくて、子供たちに手が掛からなくなってきた年齢でまたリハビリに励もうと思っています。お会いできる時があれば宜しくお願いします。




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