2016年4月27日
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「ギターは止めた筈なのに・・・」
 
(Hayashi/1960年生/東京)


 ギターに初めて触れたのは、今から数十年前中学生の時だった。フォークソングが時代の黎明を迎え過渡期にさしかかっていた頃だった。拓郎、陽水、かぐや姫、チューリップ、アリス・・・アーティストの名前を挙げれば霧がないほど、様々なジャンルで普通の若者が、日常の喜怒哀楽を詩にし、曲にして、自分で演奏し周囲の共感を得ながら自己を主張する群雄割拠の時代だった。

 フォークが台頭するまでは、作詞家・作曲家・歌い手とそれぞれの特徴を活かし演出する分業の時代だった。
 「シンガーソングライター」今では十分に巷間では浸透しているが、当時は画期的な出来事であった。音楽の基礎を学んだ者ではなく、譜面も読めない若者が作詞・作曲し、そして自分でギターを駆使して弾き語りでメッセージを発信する。
 この一連の行為が若者達の心を掴み、フォークソングが社会現象のなるまで浸透した。多感な中学生の時期に影響を受け、友人ら数人でギターを持ち寄りコピーに没頭した。真似から始めた弾き語りも時間の経過と共に、オリジナルにも挑戦するようになり、次第に夢が膨らんで来た。

 九州から東京へと上京し、暫く音楽活動を続けていたが、所詮は井の中の蛙のような甕裹醯鶏で挫折を味わい音楽を断念した。
 結婚と同時にギターとも決別し、20年近くギターを弾くこともなく、子育てや地域の自治会活動に忙殺されギターとは無縁で過ごしていた。

 毎年、同窓会をやっていて、5年ぐらい前に同窓会でギターを弾こうということになり、ひょんなことが発端でまたギターを弾くことになった。何十年振りかに弾くギター、最初はぎこちなかったけれど、弾き始めて行く内に以前のように左指と右手の感覚が蘇えってきた。
 また、コピーから弾き語りを再開し、やっていくうちに長年、蓄積されていた喜怒哀楽や古里のこと、そして日常茶飯を題材にオリジナルを創作するようになった。ギターはもう弾くことはないと思っていたのに、些細なきっかけで潜在意識が呼び起され再びギターを弾くようになった。

3年前にマーチンD-28を購入し、オリジナルを中心に弾き語りをやっている。不思議なことにマーチンD-28を愛用するようになり、多くの人との出会いが増えたような気がする。人との出会いを大切にし、人生の喜怒哀楽を自分なりに表現し、これからも弾き語りを謳歌していきたい。

 そして、縁があって戦うオヤジの応援団のメンバーに登録させて頂いた。ベストパフォーマンスが出来る様、精進を忘れず頑張りたいと思っている。




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