2017年4月29日
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「気持ちを出す」
 
(けいぼう/1951年生/兵庫)


 小学校4年生の時、国語の授業の課題で、「たいくつな日」という詩を書いた。18歳の時、恋人に恋いこがれる気持ちを押さえ切れず、ノートに言葉を書きなぐり、短い詩のようなものを書いた。歌の詞は別として、生まれてこの方、僕が書いた詩はこの二つだけである。読むのも書くのも、どうも詩は苦手だ。

 工場で働いていた20歳前後の頃、歌を数曲作った。「明日が来なけりゃいい……」なんて歌だ。毎日がやり切れなかった。その数曲は、つい最近まで誰にも聞いてもらわなかった。聞いてもらおうという発想そのものがなかった。自分の中にあるものを、音として、言葉として、とにかく外に吐き出さずにはいられなかった。

 僕の中では、詩と歌はよく似ている。じゃあ、僕の中の歌というのは、詩というのは何だろうと思う。そんな難しいこと考えなくてもいいのかもしれない。詩や歌にはそれが似つかわしいような気もする。気持ちを外に出そうとしたとき、音はすでに気持ちの中にある。あるものはある、で、どうこうすべきものでもない。
 
*            *            *

 歌うことが好きだ。しかし如何せん、上手くない。長年のコンプレックスである。何年か前、親しい友人に酷評されたことがあった。面と向かって言われたのは初めてだったので、ずいぶん落ち込んだ。しかし、それでも好きなのである。好きなものは好きなものでしかたがない。少々やっかいだが、しかたがない。



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