2007年9月21日
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「〜九月雑感〜」
 
(はいびすかす/1950年生/愛知)


  それは 思いがけない息子の一言であった。 我が長男は この春から地元の中学に通っているのだが、その中学のS教諭から 父親の名を聞かれたのだという。
そのS教諭とは なんと私の高校時代の旧友Sだったのである。 Sとは 三年間クラブ活動を共にした仲で 卒業してから数年後のOB会で顔をあわせて以来 久しく音信がとだえていた。Sも ひよっとしてと思い息子に声をかけたらしい。

  高校生当時の私にとっては Sは なにかにつけ影響を与えてくれた人物で、その言動も他の仲間とは少し異質なものがあった。
九月の連休にSと再会する事になった。息子を連れて O市の彼の自宅を訪ね その足で母校に立ち寄った。久しぶりに見る校舎は 新築されており、しかし広いグランドは当時のままの姿を見せていた。

  いつだったか 息子と約束をした事がある。それは 私の溜め込んだ数百枚のLPレコードを いつの日かそっくりそのまま息子に譲り渡すという事である。とは言っても それは私の一方的な約束であって、決して息子が欲しがったわけではないのであるが・・・。 そのLPレコードの収集の殆どが Sとのつきあいから始まったものであり 当時のアルバイト代や収入の大部分を占めた その一枚一枚は今でも私の宝であり 購入時の記憶をよみがえらせてくれるものばかりである。

  校舎の裏手のクラブハウスには人影もなく、すっかり昔話に花を咲かせてしまった。1966年のピートルズ武道館来日公演の事、キャバーンでの彼等のライブをオープンリールテープで何度も何度も繰り返し聴き入った事、高三の時 Sに連れられて新宿で宮沢昭を聴き、その後ライブハウスをはしごした事。 息子はと見ると、父親と 自分の中学の教師とが対等に話している光景に 少し戸惑いを見せている様子である。Sの息子は今年小学六年生という。彼は彼の息子に ビートルズナンバーを和訳して 英語の勉強もどきをしているという。私は苦笑した。 時を越えた思い出の場所で Sと私の この二人の息子が もうすぐ数年後に 私達と同じ年齢に 確実になるのだろうなという事を予感しながら。
  
  その夜、さすがに息子は 『 父さん、ビートルズを聴こうか 』 とは言わなかった。言えば ホームドラマである。
 
もうすぐ十月になろうとしている。まだ息子とふたりで 針をおろしていない。

1989年9月  Hama



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