2011年12月18日
<エッセイ一覧へ>

「はじめまして・・・」
 
(おおのヨシヒロ/1953年生/埼玉)


 去る11月下旬、朝日新聞夕刊に掲載された記事を見て、すぐに事務局へメールを送った「おおのヨシヒロ」と申します。その後川口で練習会があると聞き、会場に顔を出させていただきました。
 当日は見学だけだったのですが、皆さん温かく迎えていただき、感謝感激です(演奏より先にこのエッセイでデビュー(?)を果たすことになってしまいましたね)。

 では、私の自己紹介というか音楽暦を・・・。
 初めてギターを手にしたのは高校1年になってすぐ。
 世はフォークソングが台頭し始め、岡林信康、五つの赤い風船などが「知る人ぞ知る」存在でした。
 級友にコードやストローク、アルペジオなどを教わって、2年の文化祭でステージデビュー。岡林、風船等の歌をやった。その後エレキを使って「岡林+はっぴいえんど」をやった時は担任を困らせたものでした(土曜日の放課後に音楽室で大音量!)。

 大学では軽音楽部に入部。5年生(!)に南佳孝がおり(当時はジャズピアノ)、同級生に「サーカス」の叶正子(当時川口在住)がいた。因みに、1年後に「アルフィー」の高見沢俊彦が入部、という名門(?)です。
 また、「ピピ&コット」の元メンバーとも出合い、そこから「古井戸」の追っかけ(?)も。
 とにかく生で聴くチャボのギターワークとカナヤンのヴォーカルにはドギモを抜かれました。
 ギターは、音のバランスが良いSヤイリを購入(井上陽水が同じモデルを使用している、と後で知りました)。
 大学2年の後半からオリジナルを手がけ、友人の紹介で横浜市内のフォークサークルが主催するコンサートによく出させてもらっていました。
 社会人になると、演奏する機会もめっきり減りましたが、それでも曲作りだけは続けていました。

 結婚して子供が生まれると、子守唄や子供向けの曲を作ることが多くなりましたが、やがてギターは部屋の片隅に追いやれられることに・・・。
 その息子が高校でバンドを組み、ヴォーカルを担当。
さらに大学に入って「ギターをやりたい」というので、何年かぶりでギターを取り出すものの、指が痛くて・・・実演よりも口頭で教えることが多かったかな?
 ところが「やっぱりベースのほうが・・・」と言い出すので再びギターはお蔵入り。
 そしてまたしばらくして、例の朝日新聞の記事、となるのです(ああシンド!)。

 岡林、風船をきっかけにして、古井戸で仕上がっている私のオリジナル曲をいつか皆様にお聞きいただきます。さぁ練習しよっと。。。




エッセイ一覧へ→
トップページに戻る→