「音楽に携われることのたのしみ」 |
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(梅ちゃん/40歳/埼玉) |
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ギターを始めたのは 中学2年の時である。
父親が持っていた古いガットギターが押入れの奥から出てきた。近所にいる2つ上の従兄が市民祭りのイベントで演奏しているのを見て、自分もやってみたいと思ったのがきっかけである。
人前で演奏したのは、中学の学芸発表会での「22歳のわかれ」。クラス全員で歌い、ギターが弾けるのがクラスに3人いたその中のひとりであった。前述のどこのメーカーかもわからない3000円くらいの父親のギターで・・・
自分のギターは、高校の入学祝に買ってもらったモーリスのW60である。
バンドをやってる2つ上の従兄の影響で自分もバンドをしたかったが、高校にはフォークソング部しかなかったのでフォークの道に進む。当時演奏していたのは、チャゲ&飛鳥や長渕剛や風や南こうせつの曲を多くても3人くらいのメンバーでやってました。(バンドじゃなくグループですね)
今でも残念なのは、ギターを始めた時点で既にかぐや姫は解散してしまってたこと。また、高校の時のフォークソング部には受け継がれた伝統?があり、奈良公園などに行って「みんなで輪になってフォークソングを唄いましょう」みたいな活動があって(まさにそれを読んで字の如く“サークル”と言っていた)、西岡たかしの「遠い世界に」や「これが僕らの道なのか」などを、観光客を巻き添えにまるで儀式のような感じでやってました(爆)
その後、大学に入ってからついに「軽音楽部」に入部し、バンドを始めることとなり、会社にも余暇活動の中に「音楽部」があったため、現在も社内外でバンドを続けることができています。
アコースティックギターのこだわりとしては、自分は、マーチンのギターが好きです。しかもドレットノートタイプのD−45風の貝細工の綺麗なギターでしかもハカランダの木目が好きなのです。
そういった中で、1993年に2つの大きな局面があらわれました。
1つは、SIGMAギターSD−45Jに出会ったこと。(定価20万円 ハカランダだけど合板)
2つ目は、WOWOWの無料放送日に「坂崎幸之助の大盛ミュージックランド」という特番で、坂崎幸之助、南こうせつ、TMNの木根尚人が「がくや姫」を結成しかぐや姫のレパートリーを演奏していたのと、途中 なぎらけんいちと坂崎幸之助が高田渡や西岡たかしのけっこうマニアックな部分を演奏していたのを見たこと。
ところがこの大事なビデオ・・・人に貸して 音信不通になり行方不明なのです。
だれか音源お持ちの方 おられましたらダビングさせてくれませんか?
と、エッセイの中で呼びかけてみる・・・・・……(-。-)
ボソッ
この番組を見たことで、また坂崎幸之助のBSフォーク全集などの番組にも影響を受け、古いフォークの虜となり、その後、計10回「アコースティックパーティ」というタイトルで、社内外で演奏会をバンドじゃなく高校のときみたいにメンバー入替え・組替えながらのグループ単位で開催しました。(年間4回 2年半でネタつきて終了(笑))
現在も、恒例なのは毎年11月・12月のライブとあとは要請があれば都度対応くらいのペースでのんびりとバンド活動中であります。
1年くらい前からこのHPにおじゃまさせてもらうようになり、今年5月に大阪から東京に転勤となったことで、御徒町のギター練習会にも参加させていただいたり家でギターを弾く機会もふえてきました。
いつかはマーチン? 本物がいいなと思いながら、D−45もどきのSD−45JとキャッツアイのCE160J(D−42もどき)、初めてのオール単板ギター アリアAD−80とモーリスW60で4台もあればもうこれで十分とも思いながら、今後も音楽に携わっていければと願っている最近です。
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