「ぐちゃぐちゃ長髪」 |
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(まつぼっくり/54歳/東京) |
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タクシーとは名ばかりで日本でいうピックアップバン。それも「最近、洗車したのは何時?」と聞きたくなるような車。それに運転手はブロンドのぐちゃぐちゃ長髪にひげ面の大男。Tシャツ、ジーンズも相当くたびれている。私には、地理も方向も判らない真っ暗なフリーウェイをぶっ飛ばすぐちゃぐちゃ長髪は、日本で言えばすでに都心から横浜ほどの距離を走っている(はず)。ここでホールドアップ・・・となったらオシマイだなと思うと握っているメモにも力がはいる。
小一時間走っただろうか。目を凝らすと真っ暗な未舗装の広い道の脇に明かりのない家がポツンポツンとある。そして遥か先に、まるでUFOが着陸しているかのような眩しい光が見える。その光の正体は、しばらく行くと判った。回りにまったく何もない真っ暗で大きな十字路の一角に、めちゃくちゃ派手なネオンのかたまりを屋根に載せた丸太作りの大きな店。そしてネオンにはちゃんとCountry
Musicの文字が入っている。ぐちゃぐちゃ長髪はちゃんと連れてきてくれたんだ。
ホテルマンが調べてくれたお薦めカントリーミュージックのライブハウス。そして渡されたメモ。これを頼りに何台かのタクシーにリクエストしたものの、皆、判らんという。ぐちゃぐちゃ長髪だけは、しばらく考えたあとOKだけの返事をしてくれた。それに店に入ろうとする私を呼び止め「帰りの車はどうする?店に頼んでもラチがあかなければ、ここに電話しろ。迎えにくるから。」と自分の連絡先まで渡してくれた。ぐちゃぐちゃ長髪は、本当はやさしい奴なんだ・・・と自分の身勝手はこの際棚に上げ、でかい手と握手して、足早にタバコの煙モウモウの店に飛び込む。
入り口で1ドルを払うとカントリーブーツにミニスカート、それになぜかプレイボーイのグラビヤ紛いのウサギの耳と小さなエプロンをつけたウェートレスがテーブルに案内してくれた。こうなったら後は、旅の恥は掻き捨て。ビールとバーボンの勢いもあり、せっかく日本から来たんだから、あれ聞かせろ、これやれと態度のでかいことでかいこと。トラック、ワゴン、バンで来ていたテンガロンハット、リーバイスのジーンズ、カントリーブーツの面々も突然飛び込んできた日本人に呆れていたに違いない。
帰りのタクシー名ばかりピックアップバンの揺れは、何かをやり遂げた満足感で心地よいものだった。もちろんぐちゃぐちゃ長髪にはチップをはずんで別れた。25年も前のロサンゼルスでのこと。
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