2010年1月3日
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「うける」喜びへの覚醒
 
(中山(界屋)昭/1958年生/長野)


田舎に住んでいますと、楽しみは向こうからやって来てはくれません。
子どもは「田舎には遊ぶ場所がない」と愚痴ります。
彼らの言うのは、本当は「遊ぶ場所」じゃなくて、何とかランドとか何とかショップとか、要するに受け身になって「遊ばせてくれる場所」のことですね。
遊びは自分で工夫して、場所がなかったら自分でこさえればいいのです。

というわけで、趣味のギター音楽で遊ぶために、辺境では貴重な老舗ライブハウス「ふぉの」で、「第三土曜ライブ」というアマチュアのアコースティック・オープン・マイクを主催しています。
2010年1月には220回を数えますから、月1回開催で実に18年間続いているイベントです。
自分の趣味の場所確保が目的だったので、音楽ジャンルは「自由」と言いながら、マニアックかつ自己満足な領域に占められていたと思います。
そのために、「入りにくい」とおっしゃる方もいらっしゃいました。
それでは店の売り上げに貢献できるイベントではありませんね。
台所事情は苦しいままです。
このままでは店がなくなってしまうかも知れない。
希少なお店を存続させるためには、少しでも売り上げに貢献できる企画をしなければなりません。
そこで始めたのが、近年のブームにあやかった、その名もずばり「フォーク酒場」(わかりやすくするため、あえてストレートなタイトルにしました)です。
なにしろ今まで自己満足な音楽ばかりやっていたので、「あの頃」のヒット歌謡フォークの演奏には正直戸惑いとテレがありました。
ところが企画が軌道に乗る頃には、次はどんな曲で喜んでもらおうかと、選曲や編曲、アレンジ、時には替え歌を工夫することが無上の喜びになってきました。
砕いて言えば、「うける」喜びに覚醒してしまったのです。

よくミュージシャンを指して、自称でも他称でも「アーティスト」と云う方がいますが、ちょっとこだわりがあれば恥ずかしい呼び方ですね。
みんな本当にアートしているのかよ、って。
基本的に聞き手を楽しませるという行為は、アートじゃなくてエンターテイメントですね。
だから、自分が目指したいのは「アーティスト」ではなく「エンターテイナー」というわけです。
聞き手に子どもが多かったら子ども向けの選曲で、お年寄りが多かったらその状況に合わせて演奏できる、そんなミュージシャンになりたいなと、「フォーク酒場」を始めてから、特に今年2009年になって強く感じるようになりました。
(それをちゃんとできてしまう人が、身近にいるのですっ、あやかりたい!)
同時に、今まで滅多に「ふぉの」以外での演奏はしていなかったのですが、2008年から積極的に歌える場所ならどこへでも行くようになりました。
これも「うける」喜びの覚醒に起因してますね。

やがて「遠征欲」はどんどん高じ…病みつきってやつです…、近隣のイベントやライブハウスなどをネット検索するようになりました。
そこでヒットしたのが「新潟フォークジャンボリー」や「浜名湖フォークジャンボリー」を筆頭とした、全国のフォーク熱の実態です。
いやはや、自分が田舎でくすぶっている間に、全国ではこんなに盛り上がっていたのですね!!
遅れを自覚してしまってからのこの焦燥感。
「コウシテハイラレナイ」
でも、じゃあいったい何をすればいいのか。
そうして知ったのが、このNPOアコースティックギターローカルネットワーク(戦うオヤジの応援団)だったのです。
すぐに入会手続き、それが10月20日でした。
この年末、まだ入会2ヶ月ちょっとですが、そんな短い期間でも、先日の「加川良コンサート」の上京では、皆さんから親しくお声がけしていただけました。
基本的に自分も含めて皆さんシャイなので、簡単には打ち解けないとは思いますが、いったん言葉を交わせばそこはお互い同じ趣味を愛するもの同士、言葉が通じないはずがありません。

「戦うオヤジの応援団」とは、つまり戦うおっちゃんたちがやっている応援団という意味と、戦うおっちゃんたちにエールを送る応援団という両方の意味があるわけですね。
立ち位置はいずれも「応援」の部分にあって、演奏はその手段として常におっちゃんたちに喜んでもらえるパフォーマンスにこだわらなければなりません。
これって、先に書いた「うける」喜びを刺激しますよね。
というわけで、今後ますますいろんな形で「〜応援団」にかかわりながら、ライブパフォーマンス研鑽し、全国あちこちで「うける」喜びに打ち震えたいと思っている次第です。
みなさん、よろしくお願いいたします。
また南信州にお越しの際は、飯田の「ふぉの」へお立ち寄りください。
http://www7.plala.or.jp/PHONO/




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