2010年4月22日
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「kieros2005と申します。」
 
(kieros2005/1948年生/静岡)


3年前からアコギを始めました、というより再開しました。
団塊の世代、だそうです。ですから還暦を過ぎています。

多くの人が押入れから錆びた弦のギター引っ張り出してきて再開されているようですが、私もそのひとりです。
ギターは押入れに引き籠もるのが好きなのですね。
70年代にフォークブームでジャンジャカやって、そのうち仕事や子育てやなんやらで、ギターどころではなくなり、ギターは引き籠もりを余儀なくされます。
かわいそうに、企業戦士に嫁いだギターはみんなそうなのです。

それからモーレツに働いて、気がつけば、もう出世の見込みもなく、退職後どうしようかというときにふともういちどギターをやってみようかと思うらしい。

会社の若い仲間とカラオケへ行っても、もはや歌が合わない。
ぎゃーッ古い!!と言われ、思わずオタオタする自分がいる。
自分の心の琴線に触れる歌を歌いたい、そういえばあのころの歌はどこへ行ってしまったのだろう。

そうだ、自分で歌えばいいのだ。ということで忘れていたギターがいることを思い出す。どこだっけ?棄てたのか?
確か押入れの奥の・・・・あった!。やや、ケースにカビが生えている。
モーリスのW−25というギターだった。70年代のブームのころ25000円のモデルです。当時の給料を考えれば安くはなかった。
弦を新しいものに張り替えて弾くと鳴る!鳴る!だが指が痛い。
そうだった。そうだった、一週間は痛いだろうけれど、がんばるしかない。
こうして、弾語りを始めるのです

実は1990年に仕事でシンガポールに行ったことがあり、そこのナイトクラブみたいなところで、女性シンガーの弾語りを聴いた。それが何とも素敵な声と音で、魅せられてしまった。なるほどあのようにやれればいいなあ。
大音量でもなく、赤レンガの壁を背にして薄暗い電球の下で歌う彼女の歌は英語だったが、とても心に響いたものだ。

そして、ついに正社員たる人生に懐疑が深まり、やがて会社を早期退職してしまいましたが、そこである日ギターを思い出すのです。

そして3年前にギターの弾語りを始めたのです。最初歌謡曲をやっていましたが、歌がストーリーとしてドラマチックな展開になっているシャンソンやカンツォーネに魅かれていきます。

人前で弾語りをするのは恥ずかしく、声がひっくり返るやら、生唾を飲み込むやら、ひざががくがくするやら、とても無理だと思いましたが、そこはそれ、どっちみち、すでに恥ずかしい人生を送ってきたのだから、今更処女のように振舞っても可愛くないでしょ。

開き直って、ストリートライブやら、ミニコンサートやら、お座敷が掛かるのは拒否せずにやってきました。でも人前でアガルのはやはり直りませんね。

こうして歌謡曲、シャンソン、カンツォーネ、ニューミュージック,オールディーズやらなんやら350曲ぐらいになりました。

老人ホームへの慰問のときは抒情歌、童謡、歌謡曲です。仲間と酒飲んで騒ぐときはオールディーズです。ミニコンサートではシャンソン・カンツォーネです。

あんた、ジャンルはないの?ハイありません。好きな曲と嫌いな曲があるだけです。

どういうのが好きなの?ええ、好きな曲が好きです。(?????)
ゲテモノ食いですね。ハイそうですね。

ギターもいいものが欲しくなり、S.YairiのYD-105マホガニーモデルを買いました。
次の年、街角コンサート用にエレアコでヤマハのCPX-900を買いました。
今年は、ローズウッドの音が欲しくなりHEADWAYのHD-101を買いました。
すると友人が古いけどと言ってYAMAHAのFGー360をくれました。
で、今5本のアコギに囲まれて幸せです。

友人達も押入れのギターを私にくれたりせず、(もちろんくれるのは大歓迎だが)一度はかき抱いて大切にした楽器なのだから、もういちど弾いてあげてくださいな。






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