2011年5月19日
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「歌うということ」
 
(スメアゴル/1972年生/東京)


戦うオヤジの応援団のメンバーの皆様、こんにちは。
東京在住のスメアゴルと申します。

ギターを手にしてから今年で25年、ただし就職してから10年ほどはギターを弾いていませんでしたから、実質的には15年くらいになります。私の趣味の中では模型作りに匹敵するくらい長く続いています。

ギターを始めたのは目の病気で遠近感を失ったりしたときに父の友人が置き忘れたギターを壊してしまい、何故か古賀メロディーを叩き込まれたことがきっかけです。その後、演歌が嫌でクラシックに走り、イギリスやアメリカのフォーク、ロック、ハードロック、ヘヴィーメタルと節操なくあれこれと中途半端に手を出してきました。

最近はフォーク酒場が流行り?で、気軽にステージにあがれるようになりました。最初はサイモン&ガーファンクルのコピーばかりやっていたのが、今では岡林信康さんや日本語の曲ばかり歌うようになっています。

だがしかしで、私は正直、人前で演奏することは好きではありません。ライヴをやる気もなければ、ストリートをやる気もなく、オリジナルを作る気もなし。ついでに書けば、練習する気もなし。

たまにフォーク酒場で客がいないときに演奏できればいいやと思う程度でした。被災地に行くまでは。

5/9から東松島市と名取市の避難所を何ヶ所か回ってきました。ギターの伴奏をしてほしいと頼まれて演奏をしてきました。歌い手さんは大阪からの参加でした。

私も何曲か歌わせていただくことになり、無謀にも「満月の夕」を選びました。神戸の震災のときに生まれた歌です。

「不謹慎じゃないかな?」

と、不安に駆られながら、今までで一番真面目に歌ってみたら、それまで手拍子をしたりニコニコしていた被災者の皆さんが、静かに眼を閉じて、涙を流しながら聴いてくださいました。そこで自分の中の「歌うということ」の意味が変わった気がしました。

東京に戻ってからも避難所の皆さんとのやりとりは続いていて、電話で話したり、メールでやりとりしたり、お菓子を送ったりしています。

相変わらずライヴにもストリートにも興味はないものの、歌う機会があれば、聴き手を意識するよう心がけるようになりました。

そんなタイミングで戦うオヤジの応援団に入ったのは意味があるのかもしれませんね。





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