2011年6月2日
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「夢見る頃は過ぎたけどさ・・・」
 
(まりまり/1959年生/神奈川)


それは、まさに「夢」が叶った瞬間だった。
もう10年以上前のことだけど。
その時、FM局のガラス張りのブースの中には「吉田拓郎」さん、「坂崎幸之助」さん、そしてあと一人は、入れ替わり立ち替わり「小室等」さん、「武田鉄也」さん、「ムッシュかまやつ」さん・・・そして、そこに「私」。

私は、放送作家としてFM埼玉の『元気です。吉田拓郎。12時間生放送』の企画構成を担当し、もちろん放送中も出演者の傍らで、番組の進行をフォローしていた。

「夢」って、ずっと思い続けていられれば叶う。

たぶんそれは、「思い入れ」というアンテナ?あるいは罠?に、「夢」がらみの様々なことがらが引っかかってくるからだと思う。
それらが、「夢」に向かうなんらかの道筋を作って行くのだ。

子供の頃、私は上ばかり見ているようなこまっしゃくれたガキだった。
13歳でギターを買ってもらい、加川良を・・・岡林を・・・。
高校に入ったら、ワンカップ大関をちびちびやりながら泉谷しげるの「人情夜曲」を、唄うような女の子。
その頃の夢は『吉田拓郎のオールナイトニッポン』の放送作家になること。
まさに夢だったのだが、せめてマスコミに就職・・・が叶い、電波媒体の担当・・・が叶い、番組に関わる・・・が叶い、放送作家見習いとしてはかま満緒先生の元で構成の手伝い・・・そして、自分の番組を持ち・・・『杉山清貴のオールナイトニッポン』『うじきつよしのオールナイトニッポン』を担当した。
その頃、もう拓郎さんはオールナイトニッポンをやってなかったけど、多くのレギュラー番組を担当していく中で、何度も出会えた。
坂崎さんとは、ため口で話すまでになった。
この坂崎さん、アルフィーの曲調とは大違いの本人はもう、根っからのどっぷりフォークの人。
そして、拓郎さんのほとんど曲をほぼ完全コピーしてる。
歌詞もほとんど暗記してる。

FM埼玉のブースの中で、『花嫁になる君に』を生で拓郎さんが唄った時なんて、拓郎さんが坂崎さんに「ここどうやるんだっけ?」とか聞いてたくらい(笑)。

そんなこんなで、今は放送作家ではなく「作家」になった。
でも、それも一時休止状態だ。
介護で日々ヘトヘト・・・。

それでも、ギターを弾いている。
「今度の夢は?」って聞かれたらこう答えようと思う。
「ギブソンのJ-45に見合うくらいギターがうまくなること」って。
あの日、拓郎さんのJ-45を弾かせてもらった時、唯一の後悔だった、私のギターの下手さ。
だけど、それから私はその思いに反してギターからもフォークからも遠ざかった。

それでも、最近またギターを弾いている。
介護の合間に「マーチン D-28」を買ったのだ。
ビンテージ。1976年製。
30年以上、自分で弾きこんだつもりになっている(笑)
そして、ワンカップ大関ではなく黒霧島のお湯割りを飲みながら、泉谷の『人情夜曲』を唄っている。

「夢見る頃」は過ぎたけどさ・・・それでも、まだ・・・そして、また・・・
今日まで、そして明日からも。





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