「私と音楽(ギター)」
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(yao/1955年生/茨城) |
私達夫婦には3人の子どもが居ます。
中学時代にギターに目覚め、いつもギターは側にありました。妻はその当時小学校の教員でピアノはOK、子供たちはピアノ教室へ行ってまして、家族バンド、ファミリーバンドに憧れを抱いていた私は早速結成、妻と娘はピアノ、キーボード、長男はドラム、二男はパーカーッション(叩くしか出来ない)で私がもちろんギター担当でいよいよ始まりました。
コミックバンドっぽいのが好きな私は「それ様」にしようと編成していきますが、家族の意見はバラバラでなかなかまとまらないバンドでしたが、親戚の祝いの席で最初で最後の演奏会を敢行した事は今でも私の胸に焼き付いています。
中学時代は野球部とギタークラブに所属、野球は死ぬほど頑張り高校も野球で入学し、でも数ヶ月で野球部退部しそのまま学校も辞めた。ギターはそんなに頑張らないけど野球やめてもギターはやめる理由もなくずっと続け今日に至る。
中学や高校になるとどの男子生徒もギターを買い求め、Fのコードで挫折しそのままギターから遠ざかるケースは私には無かった。40年間毎日弾いていたわけじゃなく、何年も放って置くこともあったが、でも傍らにはいつも相棒が居た。ギターは私の一番息の長い趣味という事になるのかも。私は熱しやすく冷めやすいタイプの典型だがギターだけはやめなかった(偉い)、自分を褒めよう。
社会人になってバンド組んだが消化不良で終わってしまった、なんか後味のよくないものだった。やっぱ弾き語りに限るとひとりでしこしこ始めたが、やっぱなんか寂しい気持ちはぬぐえない。
今年1月にアコギ2台でユニット組んだ。定期的にギター仲間とリッチな時間を共有したいと前から願望があったが、今年実現した。バンド名も「リッチーズ」である。そしてその嬉しい時間帯を「リッチーズタイム」と称している。毎週日曜日の夜8時から10時まではこの「リッチーズタイム」だ。何回かに一回は酒宴になるがそれはまた一段と楽しいものだ。
私は人生に感謝したい♪ 友に感謝したい♪ 妻に大感謝したい♪
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