2011年8月28日
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「押尾さんのギターに出会った」
 
(スー/1963年生/埼玉)


中1の時に初めてフォークギターを買ってもらいました。
しかし何故ギターを欲しがったのか、どうしても思い出せません。当時、かぐや姫を聞いて、弾いていました。かぐや姫を聞いたからギターを欲しがったのか、ギターを買ったからかぐや姫を聞いたのか。とにかく「ギターとかぐや姫」のきっかけは思い出せないのです。35年前の事です。

伊勢正三の楽曲が好きで、かぐや姫後は風にハマっていました。その後、正やんはソロになり、その頃から何となくギターや音楽から離れて行きました。高2の頃ですね。今から思うと、ギターは好きでしたが唄う事は得意じゃなかったし、コードを弾いているだけに飽きたと言うか、熱が無くなったのでしょうね。そして私のギターは、実家の押入れに約30年間眠る事になるのです。(高1の夏、初めてバイトして買ったモーリスW−60。中1のギターは親戚にあげてしまった。)

二年ちょっと前ですか、レンタル店のお勧めコーナーに「ギターインストロメンタル」なんて書かれていたCDが目に止まりました。「押尾コータロー」?聞いたこと無いな。そう言えば昔ギター弾いていたよな。と何となく借りました。聞いてみると、今までに聞いた事が無いような感じで、通勤の車でそればかり聞くようになり、のめり込んで行きました。一本の一人のギターで何でこんな音に出来るのか不思議でした。そして「自分でも弾けるようになりたい」と沸々と思いが湧いて来て、「そうだ、実家にまだギターがあるはずだ」と思い出し30年振りにギターを手にする事となったのです。(我がギターはプチ・ビンテージだと勝手に決めつけています。)

ギターの音色ってとてもいいと思います。楽器を弾く・弾けるという事は楽しいですね。あの当時、こう言う音楽があったなら・出会っていたなら、そのままギターを弾き続けていたのでしょうか。またはもう少し早く出会えていたら。二年ぐらいでレパートリーは10曲くらいしかありません。しかも、「なんちゃって押尾」状態が多く、完コピは遠いです。特にストローク系の右手が難しいです。またチューニングの数が多いのも大変。その為、中古の安〜いものを二本買いました。そして恐ろしい事に、ちょっと弾かないでいると、どんどん運指を忘れて行くのです。年のせいでしょうか。朝早起きして何曲か練習してから出勤するようにしています。(夜はぐったりであまり弾く気になれないので)女房子供にうるさがられないように注意しながら小さく小さく。(朝にストローク系は禁止!ああヤマハのサイレントギターが欲しい。)

弾けるようになりたい曲は、まだまだ山のようにあります。大袈裟ですが一生かけて制覇したいような気持ちです。またギターを弾くようになって充実した時間を持てるようになりました。(押尾さんファンの方いらっしゃいますか。今月初め、東京フォーラムのコンサート行って来ました。)





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