2011年12月26日
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「シャンソンを通して大切なものを伝えたい」
 
(じゅみ/ 1952年生/静岡)


こんにちは!「ヒロ&じゅみ」のじゅみです!・・・で、もし分かってくださる方がいたら嬉しいのですが。  

吉原高校時代、オーバーに言えば、私は生まれて初めて譜面に書かれていないことも歌う世界に触れたのです。それまでは小学校からずっと合唱部で歌っていました。合唱はアンサンブルです。譜面通り、全員で音量も心もそろえて歌って創り出す音楽。両親の影響もあり、それまでは歌謡番組も見せてもらえず、ビートルズは勿論グループサウンズやミニスカート、ロングヘアー・・・流行とはほぼ無縁の世界にいました。それがヒロ(弘江ちゃんですが)と出会い、日本のフォークソングを聴くようになり、デュエットをし、オリジナルを作り、ギターに触り、二人で学園祭や労音の舞台でも歌うようになり、「ベッツィー&クリス」とも共演し(!?・・・)、ファンの方に自主製作レコード「Meetヒロ&じゅみ」まで作っていただきました。 
私はヒロの声が大好きで、彼女がプロのようにほんの少し前のりしたり、遅らせたり、自分なりのやり方で歌うのを憧れながら見つめていました。

3年生の夏、知的障害のあった大切な妹が病気で亡くなりました。音楽大学に行き、ピアノや歌を教えながら妹の面倒もみていこうと将来の設計をしていたのが、突然のことに全てが真っ白・・・・。悩んだ結果、私は駒澤大学の文学部社会福祉コースへ進みました。   
大学のサークルはもちろんフォークソング部にと思っていましたが、何とオーディションがあり、その時の先輩女子大生の化粧や服装のあまりのけばさに臆して入らず。結局サークル活動なしの大学生活をおくりました。  

話は跳び(話すと長〜〜〜いので)、現在はプロのシャンソン歌手「高木満寿美」で、東京銀座と富士市にライヴハウス「月夜の仔猫」を経営しています。大学時代のアルバイトで歌っていた音楽クラブ「サイセリア」で、日本語で歌うシャンソンに触れ、そのメロディーと訳詞の妙に魅かれたのがきっかけですが、原点は「ヒロとじゅみ」。身体は年相応になっても、心の中はフォークで平和や愛を歌っていた時のまま・・・。
シャンソンで(時々は友人たちとフォークも楽しみながら)、その大切なものを伝えられたらと願っています。     




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