2015年10月2日
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「なじみのいきつけの店」
 
(デューク/1958年生/東京)


こんにちはデュークです。7月から東京単身赴任です。
6月までは名古屋の地元に6年居ましたが、そのまた前は九州に単身赴任で5年のサラリーマンです。今から7年前のことになりますがその頃ちょっと書いた文章がありましたので、ご紹介します。


 名古屋から福岡に単身赴任。人は、一人では生きてゆけない、生きていくために、人とのかかわりが持てる居場所を見つけなければならない。特に、晩酌の行き付けの店は、酒好きの男にとって、とても必要な居場所探しとなる。尚更、単身赴任の場合は、毎日の食卓であり、リビングであり、第二の家族、家の代わりでもあるからだ。
そんな店に出逢うことが出来た。
そんな店だから、客が店に入る時の挨拶は、「ただいま」であり、店のママと先にいる客の返事は、「おかえり」。リビング兼食卓には、やはり、テレビがある。しかし、昔ながらのブラウン管の小さいやつ。流れて来るニュースは、現代社会不安、それを議題に語り合う。
そんな店の常連は、やはり大半が単身赴任のおっさん達。
だからなのか、毎月誕生会がある。
しかし、祝うと云うより、それをネタに盛り上がるといった感じである。だから、その人をテーマに話しは展開する。具体的には、集中して質問攻めにあう。生まれ、育ちの素性から、今の悩みや、食の好き嫌いまで。しかし、聞かない事がひとつだけある、それは、今後の転勤・移動予定である。サラリーマンの人事予定は、ギリギリまでわからない。それより、今の出逢い、めぐりあいを、今楽しむ。
一通りの質問が終わり、人となりがわかってきたら、唄の時間となる。ただし、すぐにハッピーバースデーは、唱わない。その人の想い出の唄の独唱から・・・、でも大抵、二番からは、皆で合唱になってしまう。それは、立場や地域場所は違えども、ほぼ同じ時を過ごした(そうは云っても最大二十年の歳の差はあるが・・・)、昭和を生きた日本人同志だからなのと、「一曲」と云われ、「マイクなし」で、「ギターのみの生伴奏」なので、かなり絞られた、失敗しないで、その時の想い出にしたれて、今の自分を、歌詞に・メロディに託して自己表現出来る唄は、やはり、ある程度メジャーな曲となってしまうから、らしい。
誕生日だと、やはり乾杯のシャンパンがでる。これの用意は、大抵、ゆみこママの担当。しかし、ママと云っても、店のママではない。お客さんだが、毎日必ず店にいるので、六十三歳という年齢から、みんなのママと云うことで、敬意と親しみをこめて、ママと呼ぶ。
実は誕生会は、ゆみこママから始まった。ゆみこママは、一人暮らし、かつては、電電公社の交換手。社内結婚だそうだが、結婚前からご主人は、車椅子の身障者。ご主人が亡くなって、十年の歳月を越える。そして、現在まで、生命保険統括マネージャー。悲しみを乗り越えた、社交家なのだ。この店の定休日の日曜日には、最近覚えた、携帯メールが届く。
「朝食は食べれた?お昼はどうするの?夜は一緒に食べようね」教えたのが、私だったからか、日曜日には、必ず届く。
ある日のことその店で最近転勤してきた山田さんが云った、
「ガーリックトーストが食べたい」
「そうね、シャンパンには、あうわね、焼くわね」と、店のママが応える。何故か、トースター近くに座っている、白髪のお客さんも、「はいはい」と応える。
何故なのかは、以前こんなことがあったからだ。
この店は、ママひとりでやっている。来店が一気にあった時、手がまわらず、トーストを焦がしてしまった。その時、この白髪さんが、
「今度から、見ててあげるね」と云ったのに、その後のをまた焦がしてしまった。今度は、ママが、
「見ててくれるって云ったじゃない」と、それから、その白髪さんの席は、いつもトースターの前と決まり、担当に就任した。
実は、この白髪さんは、誰もが社名を知っている大手メーカーの九州支社長で取締役、二百人も部下がいる、とっても偉い人なのだ。でも、この店では、「トースター見張り役」。よくいる、威張ってるばかりの人でなく、やさしいタイプ。
先日こんなことがあった。
ほんとに、時々だが、部下を連れて来る事がある。
部下の前では、当然取締役支社長、決して、「トースター見張り役」ではないのだ。
その日の常連は、それをふまえて、トーストのオーダーは遠慮していた。そこに、この事情を知らない、トースト好きの常連がやって来た。
どうなるのかこの先を考えヒソヒソ話す、その他常連。ゆみこママが立ち上がった。
「残念ね、今日は、トースト終わっちゃったね」
「そうそう」と、同調する、その他常連。
「えっ、有るわよ」と、忙しかったのか、状況をつかめていないで、反射的に答える、能天気ママ。
そこに、「シャイヤ~」と、意味不明な声がかぶさる。続けて、「テレビ、ホークス」と、熱狂ホークスファンの常連。彼の耳には、いつもラジオのイヤホンがあり、ホークスの実況中継の中に彼は居る。ここは、福岡唐人町、福岡ソフトバンクホークスのホーム球場「Yahoo!ドーム」の地下鉄最寄り駅。
「はいっ、はい?」と、電源を入れる、テレビ担当常連。
「馬原がぁ、」 どうもホークスが点を取られたらしい。
そこに、携帯の着信音、メロディは、本田美奈子が歌ったアメージンググレース。すると、ゆみこママの独唱が始まった。曲は当然、アメージンググレース。ギター担当の私は、伴奏をはじめた。
携帯の持ち主のママが、電話の相手に語る、
「ああ、今日は・・、楓の誕生日・・、ああ、ごめんね・・、早くいくわ」
その声を聞いて、「かえでって誰?」と、事情を知らない最近常連になった、建設会社単身赴任。
「双子のお姉さんからだよ、きっと」と、テレビ担当が答える。
ママは、双子の妹。顔も体格も素振りも声も一緒。そして、いわゆるバツイチも一緒で、二人とも深く傷ついたが、当然元旦那は違う。
お姉さんは、離婚でかなりの資産家になったらしい。しかし、ママには、借金が残された、らしい。この店は、生きていくために営む。しかし、姉は、一生遊んで暮らせる。そして、姉は、とてもわがまま。妹に、お金を貢ぐ分要求が強烈で、少し一般的でない。
「カエデって誰?」と、繰り返しの質問が。
ゆみこママの唄は、「千の風になって」に変わった。
そして、皆のコーラスが加わって来た。
そこに、「小久保、やった~」と、声がかぶさる。
ホームランで、逆転だ。みんなで、テレビに向かって、拍手。
ゆみこママが、「ガンバレ商店街」を唄い始めた。これは、私の作った曲。時折CDが流されているので、みんな知っていて、盛り上がると唄う。
人はかかわりの中で生きてゆく。めぐり会った仲間で、今このひと時を共に楽しむ。
「カエデって誰?」と、繰り返しの質問が、ささやくように、かなり小さく聞こえた。
「お姉さんの家の犬の名だよ」と、テレビ担当常連が、囁き返す。
「今日はなんとなくトーストいらない気分」と、トースト好きの建設会社単身赴任が、囁いた。
そして、時は過ぎてゆく。

まだまだ続きそうなので、ここらあたりで・・・
福岡・唐人町の夜。

 



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